有価証券報告書 抜粋 ドキュメント番号: S100TRSE (EDINETへの外部リンク)
株式会社リプロセル 事業の内容 (2024年3月期)
当社グループは当社(株式会社リプロセル)、米国子会社のREPROCELL USA Inc.、英国子会社のREPROCELL Europe Ltd.、インド子会社Bioserve Biotechnologies India Pvt. Ltdなどの連結子会社5社及び関連会社2社により構成されております。
当社の中核事業領域であるiPS細胞は、山中伸弥教授によるヒトiPS細胞の発明以降、世界中で研究が盛んに行われております。
最近では、iPS細胞を活用した病態解明や再生医療への応用など、実用的な研究開発が多く行われるようになりました。2017年には、希少難病の患者から作製したiPS細胞を活用して病態を解明し、新薬候補の治験へつなげた事例が報告され、さらに、再生医療に関しても、iPS細胞を使った加齢黄斑変性、パーキンソン病、虚血性心筋症、脊髄損傷等の臨床研究及び治験が進められております。
当社では、前者のようにiPS細胞を病態解明や創薬研究に使用する事業を「研究支援事業」、後者の再生医療を「メディカル事業」と位置付け、二つのセグメントに分け、推進しております。
短中期的な収益の柱である「研究支援事業」と、中長期的な成長事業である「メディカル事業」の両方を組み合わせることで、短期→中期→長期と、持続的な成長を目指します。
iPS細胞技術プラットフォームと事業セグメント
(1) 研究支援事業
研究支援事業では、大学/公的研究機関及び製薬企業等の研究所を顧客として、研究試薬や細胞などの研究用製品及びiPS細胞作製受託などの研究サービスを提供しております。最先端技術を集約した製品・サービスを上記研究機関に提供することで、画期的な新薬や治療法の開発に貢献してまいります。現在、世界中の製薬企業では、動物愛護の観点や、ヒトと動物の種の違いによる試験結果の差といった問題点などから「動物実験からヒト細胞実験」への大きなシフトが進んでいます。今後、ヒト細胞実験が普及することで、これまで十数年かかっていた新薬開発のプロセスが大幅に短縮され、さらに、従来と比べて性能の高い新薬が開発できることが期待されています。中でもヒトiPS細胞はその中心的存在として注目を集めており、例えば、アルツハイマー病患者から作製したiPS細胞を研究で使うことで、アルツハイマー病の病態解明及び新薬開発が加速されると期待されています。
当社グループでは、RNAリプログラミング技術及び各種細胞への分化誘導技術など、ヒトiPS細胞に関する世界最先端の技術プラットフォームを保有しており、さらに、がん細胞やヒト組織を医療機関から調達する幅広いネットワークも保有しております。これら技術優位性の高い「ヒト細胞ビジネスプラットフォーム」を最大限活用することで、上記の「動物実験からヒト細胞実験」へのシフトを先取りした事業を進めております。具体的には、研究試薬製品、iPS細胞を用いた病態モデル細胞の作製サービス、ヒト生体試料のバンキングと提供、ヒト組織を用いた新薬の薬効薬理試験サービスなどがあります。
上記に加え、ナニオンテクノロジーズ社(ドイツ)の細胞測定機器などの研究機器の販売を行っております。これらの機器は、当社のiPS細胞及び疾患モデル細胞を創薬スクリーニングに応用するためのものであり、細胞と機器を一元化して販売することで、総合的なソリューションを顧客に提供しております。
また、研究支援事業では、自社開発品だけでなく他社製品の導入及び代理店販売にも積極的に取り組んでおります。2023年6月には、Vernal Biosciences社(米国)と日本における独占代理店契約を締結し、GMPグレードのmRNA及び脂質ナノ粒子の販売を開始することになりました。2023年12月には、Preci社(ウクライナ)と代理店契約を行い、初代ヒト肝細胞の日本国内での販売を開始しております。また、ニッピ社とは、全世界での代理店契約を締結し、MatriMix(511)を販売しております。今後とも、研究支援事業のポートフォリオを積極的に拡大することで、成長を目指します。
研究支援事業の事業系統図
(2) メディカル事業
再生医療分野においては、ヒト体性幹細胞やヒトiPS細胞の臨床応用を目指した研究が世界中で盛んに行われており、将来、再生医療製品がグローバルで巨大産業に成長することが見込まれています。
特にiPS細胞は、体の様々な細胞に分化させる事が可能であることから、有効な治療法のない難病に対する臨床応用に大きな期待が寄せられています。iPS細胞の臨床応用に関する技術課題は安全性の確保ですが、当社では高品質で臨床応用に最適なiPS細胞を作製するRNAリプログラミング技術を開発・保有しております。この技術優位性を活かし、iPS細胞の早期の臨床応用を実現してまいります。
メディカル事業では以下の事業を推進しております。
(a) 体性幹細胞製品ステムカイマル
ステムカイマルは台湾のSteminent Biotherapeutics Inc.(以下、ステミネント社)が開発した脂肪由来の間葉系幹細胞製品であり、当社は脊髄小脳変性症を対象とした日本における独占的商業ライセンス契約を締結しております。また、当該製品に関する特許が2024年1月に日本でも成立しております。
脊髄小脳変性症は、小脳や脳幹、脊髄の神経細胞が変性してしまうことにより、徐々に歩行障害や嚥下障害などの運動失調が現れ、日常の生活が不自由となってしまう原因不明の希少疾患です。ステムカイマルの投与により、症状の進行を抑制する効果が期待されています。ステムカイマルは、腕の血管から静脈注射(点滴)で投与するため、侵襲性が低い治療法になります。
日本国内で、第II相臨床試験を実施し、安全性及び有効性の評価を行いました。2020年2月に、第1例目の被験者への投与を開始し、2022年5月に全被験者の観察期間も含め全て完了しております。本臨床試験の結果を、2023年5月に開示いたしましたが、以下に要旨を記載します。
安全性に関して、全被験者において重篤な有害事象は認められず、安全性が確認されております。
有効性評価を、主要評価項目であるSARAスコア*で実施したところ、実薬群のSARAスコアの上昇が自然歴と比較して抑制されていることが確認できました。さらに、ベースライン(Visit2、投与前)から52週目(Visit8)までの変化量の統計解析を実施した結果、ベースライン11以上の部分集団で、実薬群がプラセボ群と比べて統計的に有意に改善する結果となりました(P値0.042)。
また、ステミネント社が実施した台湾における第II相臨床試験においても、安全性の問題はなく、また、実薬群のSARAスコアの上昇が自然歴と比較して抑制されていること、さらに、ベースラインの高い部分集団においてSARAスコアの変化量に関する解析で、プラセボ群に対して実薬群で改善効果が認められております。これらの結果は日本の結果と類似しており、日本のデータを裏付けるものとなりました。
日本では、2018年12月に希少疾病用再生医療等製品として指定されております。これにより、開発に係る経費の助成金(最大50%)、優遇税制措置、及び優先審査等の支援措置を受けることができます。
当社では、病気と闘っている患者様へ少しでも早く新しい治療法が届けられるよう、承認申請の準備を進めております。
*SARAスコア:脊髄小脳変性症の症状の評価に広く用いられている指標であり、歩行、立位、会話、指先の運動などを総合的に数値化します。0~40点の範囲で、症状が悪化するほど、スコアは増加します。
(b) iPS神経グリア細胞製品
iPS細胞から神経グリア細胞を作製し、各種神経変性疾患に対するiPS細胞再生医療製品として研究開発を行っております。現在、iPS神経グリア細胞を用いた前臨床試験(動物実験)を実施しております。また、iPS神経グリア細胞の製造のため「殿町・リプロセル再生医療センター」(神奈川県ライフイノベーションセンター内)の整備を進め、2021年3月に厚生労働省関東信越厚生局より再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づき「特定細胞加工物製造許可」(施設番号:FA3200006)を取得しております。
2022年10月には、AMED 公募事業「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」に採択されました。本事業の支援により、研究開発を加速させ一日も早い臨床試験の開始を目指しております。
(c) 腫瘍浸潤性リンパ球輸注療法
2023年6月、慶應義塾大学医学部産婦人科学教室と「先進医療B(進行子宮頸がんに対する骨髄非破壊的前処置及び低用量IL-2を用いた短期培養抗腫瘍リンパ球輸注療法の第II相臨床試験)における、腫瘍浸潤リンパ球(TIL, Tumor Infiltrating Lymphocyte)の製造法の技術移転」に関する共同研究契約を締結しました。
腫瘍浸潤リンパ球輸注療法(TIL療法)とは、患者本人のがん組織に含まれる腫瘍浸潤リンパ球と呼ばれる免疫細胞を採取して体外で大量に培養し、患者に戻す養子免疫療法の一種です。TIL療法は米国を中心に、1980年代より主に進行悪性黒色腫に対して実施され、治療効果が報告されてきました。悪性黒色腫に対するTIL療法の成績は、腫瘍が縮小した患者(奏効率)が約7割で、病変が完全に消失する割合(完全奏効)は約2割とされ、さらに、完全奏効の患者では少数の例外を除き再発しないことが知られています。そして、2024年2月には、Iovance Biotherapeutics社(米国)の転移性メラノーマを対象としたTIL療法が米国FDAで承認されました。固形がんを対象とした初の細胞療法の承認事例となります。薬価は515,000ドルとなっております。
TIL療法は、高度なTILの培養技術が必要なため、実施可能な施設は世界でも約10施設程度に留まります。当社は、本共同研究の中で技術移転を受け、慶應義塾大学が実施している「子宮頸がんを対象とした腫瘍浸潤リンパ球輸注療法(TIL療法)」に関する臨床試験の細胞加工を実施する予定です。さらに、その後は、細胞加工だけでなく、当社の再生医療等製品の第3のパイプラインとしてTILの事業化を進めてまいります。本事業を起点として、がん免疫療法の分野で事業を展開してまいります。
(d) iPS細胞再生医療等製品の受託製造
iPS細胞による再生医療の研究開発は世界中で精力的に行われており、日本でも、加齢黄斑変性、パーキンソン病、虚血性心筋症、脊髄損傷等の臨床研究及び治験が進められています。再生医療に用いるiPS細胞には高い安全性と品質、さらに各国の医療ガイドラインに準じることが必要とされます。
安全性の高いiPS細胞を作製するためには、iPS細胞を作るプロセスである「リプログラミング」が重要になります。リプログラミング技術は様々報告されていますが、当社では遺伝子変異リスクを最小化し、外来遺伝子やウイルス残存リスクの最も低い最先端のRNAリプログラミング技術を開発・保有しております。本技術を利用することで、臨床応用に最適なiPS細胞を作製することができます。
製薬企業向けとして、「GMP-iPS細胞マスターセルバンク」、個人向けとして「パーソナルiPS」の二つを提供しております。
「GMP-iPS細胞マスターセルバンク」では、医薬品製造の規制であるGMP(Good Manufacturing Practice)に準拠してiPS細胞を大量製造し、再生医療製品の出発材料として製薬企業等に提供します。当社のiPS細胞は、日米欧の3極の規制に準拠しているため、日米欧で幅広く使用できることが強みになります。
2022年10月には、世界最大規模の再生医療支援機構であるカリフォルニア州再生医療機構とIndustry Alliance Programに関する基本合意書を締結いたしました。同機構が推進している多数の再生医療プロジェクトにおいて当社の臨床用iPS細胞を提供しております。
2023年10月、Gameto社(米国)と、臨床用iPS細胞の提供及びライセンス契約を行いました。
さらに、BioBridge社(米国)及びHistocell社(スペイン)と提携を行い、iPS細胞の作製だけでなく、その後工程である各種目的細胞への分化誘導及び再生医療等製品の製造までを行える体制を構築しました。ドナー細胞の確保→iPS細胞の作製→分化細胞の製造までの全工程を日米欧の規制に準拠して受託製造する高付加価値なサービスとして提供しております。
さらに、iPS細胞に加えて、間葉系幹細胞を用いた再生医療等製品及びそのセクレトーム・エクソソームの受託製造に関しても、Histocell社と共同で実施することになりました。間葉系幹細胞を用いた臨床試験は、現在、世界中で数多く行われており、当社で開発しているステムカイマルも間葉系幹細胞になります。
メディカル事業のパイプライン
(参考情報)
※1:筋萎縮性側索硬化症(ALS)
体を動かすための神経系(運動神経)が変性してしまい、筋力の低下による運動障害や嚥下障害等の症状があらわれる病気です。運動神経のみが変性するため、意識や五感は正常であり、知能の低下もありません。病状の進行が極めて速い一方で、有効な治療法は確立されていません。日本では指定難病とされており、国内患者数は約1万人とされています。
※2:横断性脊髄炎
脊髄の一部分が横方向にわたって炎症を起こすことによって発生する神経障害です。通常、腰部の痛み、筋肉衰弱、つま先や脚の異常な感覚などの症状が突然発症することで始まり、その後急速に、麻痺や閉尿や排便制御の喪失などの深刻な症状がみられます。原因は特定されておらず、有効な治療法は確立されていません。国内患者数は約1.5万人とされています。
当社の中核事業領域であるiPS細胞は、山中伸弥教授によるヒトiPS細胞の発明以降、世界中で研究が盛んに行われております。
最近では、iPS細胞を活用した病態解明や再生医療への応用など、実用的な研究開発が多く行われるようになりました。2017年には、希少難病の患者から作製したiPS細胞を活用して病態を解明し、新薬候補の治験へつなげた事例が報告され、さらに、再生医療に関しても、iPS細胞を使った加齢黄斑変性、パーキンソン病、虚血性心筋症、脊髄損傷等の臨床研究及び治験が進められております。
当社では、前者のようにiPS細胞を病態解明や創薬研究に使用する事業を「研究支援事業」、後者の再生医療を「メディカル事業」と位置付け、二つのセグメントに分け、推進しております。
短中期的な収益の柱である「研究支援事業」と、中長期的な成長事業である「メディカル事業」の両方を組み合わせることで、短期→中期→長期と、持続的な成長を目指します。
事業内容 | 内容 |
研究支援事業 | 研究支援事業では、大学/公的研究機関を主要顧客とする(1)研究用製品の製造販売と、製薬企業等が中心の(2)研究受託サービス、及び(3)細胞測定機器の販売を実施しています。 (1) 研究用製品 研究用製品は研究試薬と細胞に分けられます。 研究試薬:培養液、抗体、リプログラミング試薬、成長因子など、iPS細胞の研究に使用する試薬を販売しております。当社の研究試薬はiPS細胞に特化している点が特徴です。当社の初期製品である「Primate ES Cell medium」は、京都大学の山中教授が世界で初めてヒトiPS細胞の作製に成功した際に使用されていた培養液であり、その後、日本の研究者の間でスタンダードとなりました。 細胞:REPROCELL USAでは、がん細胞、血液、血清など60万個のヒトの生体試料のバンクを保有しており、製薬企業を中心に研究用資材として提供しております。また、顧客ごとのカスタムコレクションも行っております。 (2) 研究受託サービス 研究受託サービスでは、iPS細胞関連の受託サービスと、ヒトの生体試料を用いた創薬試験受託を実施しています。 iPS細胞サービス:顧客ごとにカスタマイズし、付加価値の高いサービスを提供しております。iPS細胞患者由来疾患モデル、iPS細胞遺伝子編集、各種分化誘導など、技術難易度が高く付加価値の高いサービスを中心に実施しています。 創薬試験受託:手術等で得られた余剰のヒトの組織を使って新薬候補化合物の薬効薬理試験を行っております。REPROCELL EuropeはGLP(Good Laboratory Practice: 医薬品の非臨床試験の安全性に関する信頼性を確保するための基準)に準拠した施設を保有しており、信頼性の高いサービスを提供しております。 (3) 細胞測定機器 ナニオンテクノロジーズ社(ドイツ)の電気生理実験機器の日本国内での販売をしております。 |
事業内容 | 内容 |
メディカル事業 | メディカル事業では、(1)再生医療の研究開発、(2)iPS細胞再生医療等製品の受託製造、(3)臨床検査受託サービスを実施しております。 (1) 再生医療の研究開発 再生医療では、台湾のステミネント社から導入したステムカイマル、iPS細胞から作製するiPS神経グリア細胞、腫瘍浸潤性リンパ球輸注療法の3つの再生医療製品の開発を行っております。 ステムカイマル:ステムカイマルは脊髄小脳変性症を対象とした再生医療製品であり、症状の進行を抑制する効果が期待されています。ステムカイマルは、腕の血管から静脈注射(点滴)で投与するため、侵襲性が低い治療法になります。2022年5月、日本での第II相臨床試験が完了しており、現在、承認申請の準備を進めております。 iPS神経グリア細胞:筋萎縮性側索硬化症(ALS)及び横断性脊髄炎を対象とした研究開発を進めております。現在、前臨床試験を実施しており、製造施設として、再生医療用の細胞加工施設「殿町・リプロセル再生医療センター」を保有しております。 TIL療法:患者本人のがん組織に含まれる腫瘍浸潤リンパ球を採取して体外で大量に培養し、患者に戻す養子免疫療法の一種です。進行子宮頸がんを対象としたTIL療法の事業化を慶應義塾大学医学部産婦人科学教室と共同で進めています。 (2) iPS細胞再生医療等製品の受託製造 最先端の「RNAリプログラミング技術」を利用し、安全性が高く、臨床応用に最適な臨床用iPS細胞を作製します。さらに、iPS細胞のゲノム編集、マスターセルバンクの製造、分化細胞の製造まで、幅広く受託製造を行います。 日米欧の3極の規制全てに準拠していることが強みになります。 (3) 臨床検査受託サービス 日本では、2005年に衛生検査所として登録して以来、臓器移植に関連したHLAタイピング及び抗HLA抗体検査等の臨床検査受託サービスを実施しています。また、2023年4月から、「ストレス」、「更年期」、「男性ホルモン」などの郵送検査サービス(ウェルミル)を実施しています。 |
iPS細胞技術プラットフォームと事業セグメント
(1) 研究支援事業
研究支援事業では、大学/公的研究機関及び製薬企業等の研究所を顧客として、研究試薬や細胞などの研究用製品及びiPS細胞作製受託などの研究サービスを提供しております。最先端技術を集約した製品・サービスを上記研究機関に提供することで、画期的な新薬や治療法の開発に貢献してまいります。現在、世界中の製薬企業では、動物愛護の観点や、ヒトと動物の種の違いによる試験結果の差といった問題点などから「動物実験からヒト細胞実験」への大きなシフトが進んでいます。今後、ヒト細胞実験が普及することで、これまで十数年かかっていた新薬開発のプロセスが大幅に短縮され、さらに、従来と比べて性能の高い新薬が開発できることが期待されています。中でもヒトiPS細胞はその中心的存在として注目を集めており、例えば、アルツハイマー病患者から作製したiPS細胞を研究で使うことで、アルツハイマー病の病態解明及び新薬開発が加速されると期待されています。
当社グループでは、RNAリプログラミング技術及び各種細胞への分化誘導技術など、ヒトiPS細胞に関する世界最先端の技術プラットフォームを保有しており、さらに、がん細胞やヒト組織を医療機関から調達する幅広いネットワークも保有しております。これら技術優位性の高い「ヒト細胞ビジネスプラットフォーム」を最大限活用することで、上記の「動物実験からヒト細胞実験」へのシフトを先取りした事業を進めております。具体的には、研究試薬製品、iPS細胞を用いた病態モデル細胞の作製サービス、ヒト生体試料のバンキングと提供、ヒト組織を用いた新薬の薬効薬理試験サービスなどがあります。
上記に加え、ナニオンテクノロジーズ社(ドイツ)の細胞測定機器などの研究機器の販売を行っております。これらの機器は、当社のiPS細胞及び疾患モデル細胞を創薬スクリーニングに応用するためのものであり、細胞と機器を一元化して販売することで、総合的なソリューションを顧客に提供しております。
また、研究支援事業では、自社開発品だけでなく他社製品の導入及び代理店販売にも積極的に取り組んでおります。2023年6月には、Vernal Biosciences社(米国)と日本における独占代理店契約を締結し、GMPグレードのmRNA及び脂質ナノ粒子の販売を開始することになりました。2023年12月には、Preci社(ウクライナ)と代理店契約を行い、初代ヒト肝細胞の日本国内での販売を開始しております。また、ニッピ社とは、全世界での代理店契約を締結し、MatriMix(511)を販売しております。今後とも、研究支援事業のポートフォリオを積極的に拡大することで、成長を目指します。
研究支援事業の事業系統図
(2) メディカル事業
再生医療分野においては、ヒト体性幹細胞やヒトiPS細胞の臨床応用を目指した研究が世界中で盛んに行われており、将来、再生医療製品がグローバルで巨大産業に成長することが見込まれています。
特にiPS細胞は、体の様々な細胞に分化させる事が可能であることから、有効な治療法のない難病に対する臨床応用に大きな期待が寄せられています。iPS細胞の臨床応用に関する技術課題は安全性の確保ですが、当社では高品質で臨床応用に最適なiPS細胞を作製するRNAリプログラミング技術を開発・保有しております。この技術優位性を活かし、iPS細胞の早期の臨床応用を実現してまいります。
メディカル事業では以下の事業を推進しております。
(a) 体性幹細胞製品ステムカイマル
ステムカイマルは台湾のSteminent Biotherapeutics Inc.(以下、ステミネント社)が開発した脂肪由来の間葉系幹細胞製品であり、当社は脊髄小脳変性症を対象とした日本における独占的商業ライセンス契約を締結しております。また、当該製品に関する特許が2024年1月に日本でも成立しております。
脊髄小脳変性症は、小脳や脳幹、脊髄の神経細胞が変性してしまうことにより、徐々に歩行障害や嚥下障害などの運動失調が現れ、日常の生活が不自由となってしまう原因不明の希少疾患です。ステムカイマルの投与により、症状の進行を抑制する効果が期待されています。ステムカイマルは、腕の血管から静脈注射(点滴)で投与するため、侵襲性が低い治療法になります。
日本国内で、第II相臨床試験を実施し、安全性及び有効性の評価を行いました。2020年2月に、第1例目の被験者への投与を開始し、2022年5月に全被験者の観察期間も含め全て完了しております。本臨床試験の結果を、2023年5月に開示いたしましたが、以下に要旨を記載します。
安全性に関して、全被験者において重篤な有害事象は認められず、安全性が確認されております。
有効性評価を、主要評価項目であるSARAスコア*で実施したところ、実薬群のSARAスコアの上昇が自然歴と比較して抑制されていることが確認できました。さらに、ベースライン(Visit2、投与前)から52週目(Visit8)までの変化量の統計解析を実施した結果、ベースライン11以上の部分集団で、実薬群がプラセボ群と比べて統計的に有意に改善する結果となりました(P値0.042)。
また、ステミネント社が実施した台湾における第II相臨床試験においても、安全性の問題はなく、また、実薬群のSARAスコアの上昇が自然歴と比較して抑制されていること、さらに、ベースラインの高い部分集団においてSARAスコアの変化量に関する解析で、プラセボ群に対して実薬群で改善効果が認められております。これらの結果は日本の結果と類似しており、日本のデータを裏付けるものとなりました。
日本では、2018年12月に希少疾病用再生医療等製品として指定されております。これにより、開発に係る経費の助成金(最大50%)、優遇税制措置、及び優先審査等の支援措置を受けることができます。
当社では、病気と闘っている患者様へ少しでも早く新しい治療法が届けられるよう、承認申請の準備を進めております。
*SARAスコア:脊髄小脳変性症の症状の評価に広く用いられている指標であり、歩行、立位、会話、指先の運動などを総合的に数値化します。0~40点の範囲で、症状が悪化するほど、スコアは増加します。
(b) iPS神経グリア細胞製品
iPS細胞から神経グリア細胞を作製し、各種神経変性疾患に対するiPS細胞再生医療製品として研究開発を行っております。現在、iPS神経グリア細胞を用いた前臨床試験(動物実験)を実施しております。また、iPS神経グリア細胞の製造のため「殿町・リプロセル再生医療センター」(神奈川県ライフイノベーションセンター内)の整備を進め、2021年3月に厚生労働省関東信越厚生局より再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づき「特定細胞加工物製造許可」(施設番号:FA3200006)を取得しております。
2022年10月には、AMED 公募事業「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」に採択されました。本事業の支援により、研究開発を加速させ一日も早い臨床試験の開始を目指しております。
(c) 腫瘍浸潤性リンパ球輸注療法
2023年6月、慶應義塾大学医学部産婦人科学教室と「先進医療B(進行子宮頸がんに対する骨髄非破壊的前処置及び低用量IL-2を用いた短期培養抗腫瘍リンパ球輸注療法の第II相臨床試験)における、腫瘍浸潤リンパ球(TIL, Tumor Infiltrating Lymphocyte)の製造法の技術移転」に関する共同研究契約を締結しました。
腫瘍浸潤リンパ球輸注療法(TIL療法)とは、患者本人のがん組織に含まれる腫瘍浸潤リンパ球と呼ばれる免疫細胞を採取して体外で大量に培養し、患者に戻す養子免疫療法の一種です。TIL療法は米国を中心に、1980年代より主に進行悪性黒色腫に対して実施され、治療効果が報告されてきました。悪性黒色腫に対するTIL療法の成績は、腫瘍が縮小した患者(奏効率)が約7割で、病変が完全に消失する割合(完全奏効)は約2割とされ、さらに、完全奏効の患者では少数の例外を除き再発しないことが知られています。そして、2024年2月には、Iovance Biotherapeutics社(米国)の転移性メラノーマを対象としたTIL療法が米国FDAで承認されました。固形がんを対象とした初の細胞療法の承認事例となります。薬価は515,000ドルとなっております。
TIL療法は、高度なTILの培養技術が必要なため、実施可能な施設は世界でも約10施設程度に留まります。当社は、本共同研究の中で技術移転を受け、慶應義塾大学が実施している「子宮頸がんを対象とした腫瘍浸潤リンパ球輸注療法(TIL療法)」に関する臨床試験の細胞加工を実施する予定です。さらに、その後は、細胞加工だけでなく、当社の再生医療等製品の第3のパイプラインとしてTILの事業化を進めてまいります。本事業を起点として、がん免疫療法の分野で事業を展開してまいります。
(d) iPS細胞再生医療等製品の受託製造
iPS細胞による再生医療の研究開発は世界中で精力的に行われており、日本でも、加齢黄斑変性、パーキンソン病、虚血性心筋症、脊髄損傷等の臨床研究及び治験が進められています。再生医療に用いるiPS細胞には高い安全性と品質、さらに各国の医療ガイドラインに準じることが必要とされます。
安全性の高いiPS細胞を作製するためには、iPS細胞を作るプロセスである「リプログラミング」が重要になります。リプログラミング技術は様々報告されていますが、当社では遺伝子変異リスクを最小化し、外来遺伝子やウイルス残存リスクの最も低い最先端のRNAリプログラミング技術を開発・保有しております。本技術を利用することで、臨床応用に最適なiPS細胞を作製することができます。
製薬企業向けとして、「GMP-iPS細胞マスターセルバンク」、個人向けとして「パーソナルiPS」の二つを提供しております。
「GMP-iPS細胞マスターセルバンク」では、医薬品製造の規制であるGMP(Good Manufacturing Practice)に準拠してiPS細胞を大量製造し、再生医療製品の出発材料として製薬企業等に提供します。当社のiPS細胞は、日米欧の3極の規制に準拠しているため、日米欧で幅広く使用できることが強みになります。
2022年10月には、世界最大規模の再生医療支援機構であるカリフォルニア州再生医療機構とIndustry Alliance Programに関する基本合意書を締結いたしました。同機構が推進している多数の再生医療プロジェクトにおいて当社の臨床用iPS細胞を提供しております。
2023年10月、Gameto社(米国)と、臨床用iPS細胞の提供及びライセンス契約を行いました。
さらに、BioBridge社(米国)及びHistocell社(スペイン)と提携を行い、iPS細胞の作製だけでなく、その後工程である各種目的細胞への分化誘導及び再生医療等製品の製造までを行える体制を構築しました。ドナー細胞の確保→iPS細胞の作製→分化細胞の製造までの全工程を日米欧の規制に準拠して受託製造する高付加価値なサービスとして提供しております。
さらに、iPS細胞に加えて、間葉系幹細胞を用いた再生医療等製品及びそのセクレトーム・エクソソームの受託製造に関しても、Histocell社と共同で実施することになりました。間葉系幹細胞を用いた臨床試験は、現在、世界中で数多く行われており、当社で開発しているステムカイマルも間葉系幹細胞になります。
メディカル事業のパイプライン
(参考情報)
※1:筋萎縮性側索硬化症(ALS)
体を動かすための神経系(運動神経)が変性してしまい、筋力の低下による運動障害や嚥下障害等の症状があらわれる病気です。運動神経のみが変性するため、意識や五感は正常であり、知能の低下もありません。病状の進行が極めて速い一方で、有効な治療法は確立されていません。日本では指定難病とされており、国内患者数は約1万人とされています。
※2:横断性脊髄炎
脊髄の一部分が横方向にわたって炎症を起こすことによって発生する神経障害です。通常、腰部の痛み、筋肉衰弱、つま先や脚の異常な感覚などの症状が突然発症することで始まり、その後急速に、麻痺や閉尿や排便制御の喪失などの深刻な症状がみられます。原因は特定されておらず、有効な治療法は確立されていません。国内患者数は約1.5万人とされています。
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