有価証券報告書 抜粋 ドキュメント番号: S100XUL5 (EDINETへの外部リンク)
Heartseed株式会社 事業の内容 (2025年12月期)
当社はiPS細胞由来の心筋細胞の微小組織(心筋球)を心臓に移植する治療法である「心筋再生医療」を確立し、重症心不全患者さんに貢献することを目的として事業活動を行っております。なお、当社の事業セグメントは、医薬品事業の単一セグメントであるため、セグメント情報の記載を省略しております。
(1)事業の特徴
① 概要
当社が日本で開発中の治療法は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下、「薬機法」という。)における再生医療等製品に該当し、日本政府は再生医療等製品の開発・承認期間の大幅な短縮を可能にした法律を世界に先駆けて制定するなど、実用化に向け国を挙げて全面的に後押しをしています。当社は、iPS細胞から作製した心筋細胞を重症心不全患者の心臓の中に移植する世界初の心筋再生医療を実現すべく、本制度を活用した条件及び期限付承認を取得することを目指して開発を進めております。
当社は、より多くの患者さんへの適用・貢献を目指して、投与手法や対象疾患の多様化を図るべく、心筋球による複数の治療プログラムを開発中です。リードパイプラインであるHS-001(他家iPS細胞由来心筋球の開胸投与)では、虚血性心疾患による重症心不全患者10例(低用量5例、高用量5例)を対象に、冠動脈バイパス手術(※4)と併用して投与するLAPiS試験を実施中です。既に全10例の投与組み入れを完了しており、2026年1月に治験で既定した52週フォローアップが完了しております。また、HS-005(他家iPS細胞由来心筋球のカテーテルによる投与)においては、虚血性心疾患、拡張型心筋症それぞれを原疾患とする重症心不全患者7例ずつ計14例の組み入れを目標としたEMERALD試験を予定しています。2025年11月4日付当社リリースの通り、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)による治験届の30日調査が完了済みであり、2026年より治験開始すべく準備を進めております。 HS-001におけるLAPiS試験、HS-005におけるEMERALD試験いずれにおいても、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)ウェブサイト上(https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0019.html ※本書提出日現在にて記載確認)にて、国内開発の最終段階である治験として、当社が終了後承認申請を見込む治験(「主たる治験」)として届け出ております。
なお、当社はグローバル大手製薬企業のノボノルディスク エー・エスと2021年より4年間に渡って提携関係がありましたが、2025年9月29日付当社リリースの通り、事業提携が先方事由により解消となりました。結果として、導出していた当社の開発・製造・販売に関する権利及び知的財産権などが当社へ返還された他、ノボノルディスク エー・エスが提携期間中に独自に開発取得していたノウハウや知財についても、当社が追加コストを支払うことなく受領しております。当社は本書提出日現在において、HS-001ならびにHS-005に関する全世界の権利を保持しており、今後、日本の臨床開発を進めるとともに、グローバル市場への対応方向性につき検討を進める予定です。
② 対象疾患について
心臓は標準的なヒト成人の心臓ではおおよそ250-350gといわれていますが、心臓全体として筋肉の塊のような構造をしており、体全体に血液を循環させるポンプの役割をしています。日本医師会によると、心臓によって1分間で合計約5Lの血液量が全身に循環され、心臓の拍動の回数は1日約10万回、一生の間には40億回以上も打ち続けることになります(日本医師会website https://www.med.or.jp/forest/check/05_02.html ※本書提出日現在にて記載確認)。心臓の拍動を支えるのが心筋細胞ですが、ヒトは壊死した心筋を元に戻す自己再生能力を持っていないため、加齢や疾患などによるダメージなどで心臓の筋肉量は徐々に低下をしていき、結果、心拍出量は低下していきます。
心臓の収縮能力や拡張能力が低下するなどの原因により、心拍出量が低下し、その拍出量の低下を補うために心臓が拡大し、その結果、肺などの臓器のうっ血や呼吸困難、運動能力の低下をきたす症候群が、心不全です。様々な心臓疾患の病状の進行により起こる終末像とも言え、心不全を引き起こす代表的な原因として、虚血性心疾患(心筋梗塞など)、高血圧、心臓弁膜症、心筋炎、不整脈等心臓や循環器に起因するものに加えて、糖尿病や肺気腫などの他臓器に関連するもの、心臓が生まれつき正常でない先天性心疾患など数多くの病態が存在します。急性期のショックと、慢性的な病態進行が混ざりながら病態が悪化していきます。心不全では、上記の自覚症状が慢性的に継続しながら病態が進行していった結果、最悪の場合は死に至る可能性もあります。(図1)
(図1)心不全の病状進行:虚血状態から心筋壊死へ
世界保健機関(WHO、Key facts、2025年7月報告)によると、心不全を含む循環器系疾患は世界の死因の第一位で、2019年には約1,800万人が命を落としています。中でも心不全は生存率が低い疾患で、患者数も増加を続けており、画期的な治療方法の開発が強く望まれています。心不全患者数は2017年時点で世界に約6,500万人とされ(N.L. Bragazzi et al., ESC European Journal of Preventive Cardiology 2020)、米国では2012年に約650万人だったのが2030年には800万人以上に増加すると予測されています(Benjamin, Circulation 2017)。日本でも2005年に約100万人だった患者数が、2020年時点で約120万人、2030年には約130万人に増加すると予測されています(Okura, Circulation J 2008)。この患者数の増加は、高齢者の増加と医療技術の高度化により一命をとりとめるケースが増えたことが一因で、入院患者数や医療費の増大から「心不全パンデミック」と呼ばれるほどに、大きな社会問題となっています。
また、心不全による死亡者数は、米国では2004年に28万人であったものが、2022年の調査によると45万人まで増えております。(Adler, Circulation 2009、及びCDC website https://www.cdc.gov/heart-disease/about/heart-failure.html ※本書提出日現在にて記載確認)。日本でも2020年には、悪性新生物(がん)のうち死亡数の最も多い肺がんより多い約9万人が心不全で亡くなっています。循環器系疾患で急性心筋梗塞、脳梗塞の死亡者数は減少している一方で、心不全による死亡者数は増加の一途をたどっています。(図2、厚生労働省 2024年(2024年)人口動態統計から当社作成)
(図2)国内年度別死因別死亡者数(人)
③ 既存の治療法について
心不全発症前の治療としては冠動脈閉塞に対するカテーテル術、心不全発症後の病態改善のための治療法としては、心臓の負担を下げるための運動療法や薬物治療など、急性・慢性心不全診療ガイドラインに則して数多くの治療法が整備されておりますが、いずれも対症療法に留まっております。特に近年新薬が登場している薬物治療においても、複数種類の医薬品を組み合わせて、それぞれ最大用量の処方が推奨されるものの、血圧を下げる方向の薬が多いことから併用が難しかったり、患者さんの病態の都合上低用量でしか処方できなかったりと、課題があります。心不全の経過は多くの場合、慢性・進行性であるが故に、急性増悪が繰り返し発生することによって重症化していくことから、こうした対症療法を進めていたとしても、病態コントロールが出来ない場合は結果として、ステージC(心不全ステージ)からステージD(治療抵抗性心不全ステージ)へと進展していきます。
最も症状が進行したステージDの心不全患者さんの病態は厳しく、5年生存率は多くのがんよりも下回る20%程度であり(Amar, Circulation 2007)、重症心不全の根治的な治療法は心臓移植しかありません。心臓移植は世界中で慢性的なドナー不足が続いています。国内では特に深刻で、1997年に「臓器移植に関する法律」が施行され25年を経過した2023年に史上初めて100例を突破(日本心臓移植研究会報告)したものの、過去10年平均では約60例であり、年間の心不全死亡数との対比では約0.1%をカバーするに留まっています。心臓移植は65歳以下が対象となっていますが、平均待機期間が3年程度で5年以上待機しているケースもあり、移植登録ができるのは実質的には60歳までとなっています。
心臓移植を待機している患者さん向けの一時的な治療法として、小型ポンプを体内に埋め込んで心臓の左心室につなげて血液循環を補助する補助人工心臓治療があり、近年では心臓移植件数が伸び悩む中、補助人工心臓を半永久的に使用するDestination Therapyという治療法が許可されております。しかしながら、補助人工心臓治療の適応となるには、様々な選択基準をみたす必要がある他、初回退院後6ヵ月程度の同居によるサポートが可能な介護者がいる体制が必須で、バッテリーや電源の管理をはじめとして、患者さんだけでなく支える家族や周囲の方の生活習慣にも大きな制限があります。また心臓移植や補助人工心臓は費用が高額でかつ、施術後も毎年高額な管理費用が必要であり、施術に踏み切ることのできる心不全患者さんは限られているのが実態です。このように、重症心不全は患者数が多く、死亡者数も多く、かつ新規治療法が強く求められる、アンメット・メディカル・ニーズの高い疾患です。
他方、iPS細胞を用いた心筋再生医療は、心臓移植・補助人工心臓よりも多くの患者さんへの適用を目指すことができます。すなわち、心臓移植を待つ厳しい病態の患者さんへの適用のみならず、病態の早期段階での治療の選択肢としても、心機能の改善、悪化の阻止、病状進行を遅らせるなどの期待があります。多くの患者さんに適用可能になることが望まれております。(図3,図4)
(図3)当社治療法の概要
心筋細胞は生まれた後は細胞分裂をしないため、心筋梗塞等で一部が壊死してしまうと、その後再生する
ことがありません。根治には、残存心筋のパフォーマンスを改善させるだけでなく、根本的な原因である
減少した細胞量を補うことで、ポンプ機能を改善させ、拡大した心臓を縮小させることが必要になります。
当社の心筋補填療法は、再生心室筋を心臓壁に直接移植することで心筋を補填する治療法です。
(図4)国内重症心不全の治療法の比較(当社まとめ)
④ 当社事業のバリューチェーン、パートナーについて
当社事業におけるバリューチェーンは、研究、開発、製造、輸送、販売から構成されます。大学病院や公的研究機関等に加え企業等の開発パートナーとの共同研究等を通じて、心筋再生に関する最先端の研究を遂行しております。そしてこれら研究成果を、特許として出願することにより知的財産を形成しております。
当社は他家iPS細胞由来心筋球による心筋再生医療を実現すべく研究開発を進めております。日本国内の開発については、当社単独で進めており、開発業務委託機関(CRO)である㈱リニカルの支援を得て治験実施中です。治験製品の製造については、製造開発受託機関(CDMO)である㈱ニコン・セル・イノベーションへ、また、心筋球や移植針などの移植デバイスの輸送は再生医療に実績のある㈱メディパルホールディングスの100%子会社であるSPLine(エスピーライン)㈱へ委託しております。なお、日本以外の全世界の権利については、当社は本書提出日現在において、HS-001ならびにHS-005に関する全世界の権利を保持しており、新規パートナーを確保した上で海外開発を委託するか、もしくは自社で研究開発を進めるかなど、グローバル市場への対応方向性につき、今後、検討を進める予定です。(図5)
(図5)事業系統図
(2)技術及び開発品の特徴
治療薬の開発は、技術の進化に伴って一般的に、体全体に効果を持つゆえに全身性の副作用が出てしまうものから、患部を局所的に治療ができる高い有効性と限定的な副作用が両立できるものへと進化しており、例えば抗がん剤であれば、化学療法が開発された後、分子標的薬が生まれ、現在では血液がん向けに患者自身の免疫を活用した細胞治療薬(CAR-T)が実現されています。心臓領域の治療法では、標準治療薬の開発が進んだ後、近年では、心不全の近接疾患である肥大型心筋症の治療薬として、心臓の筋肉の収縮・拡張をコントロールする医薬品が実現し、新たなブロックバスターになり得ると期待されております。
再生医療によって心機能改善に取り組む技術開発においては、当社の代表取締役社長である福田惠一が1999年に骨髄間葉系幹細胞から心筋細胞の分化誘導に世界で初めて成功して以降、多くのグループや企業が世界中で試みており、実用化に至る製品も出てきました。しかしながら、それらの多くは、心筋細胞以外の細胞、例えば間葉系幹細胞や骨格筋芽細胞などを移植し、それらの細胞が出す分泌物が移植先の心機能の改善を促す間接的な治療アプローチ(パラクライン効果(※5))でした。
他方、福田は慶應義塾大学における循環器内科医として、医薬品企業各社が進める心臓領域の様々な新薬治験に約30年にわたって携わり、心臓領域の治療法が全身性の標準療法から心筋自体に局所的に作用する医薬品に進化していくであろうイノベーションの方向性を経験しております。その中で、1999年の心筋細胞の分化成功以降、福田は、心筋細胞を患者の心臓に移植をして心機能の改善効果を得ようとする、さらに先進的な治療法の実現を一貫して目指し研究成果を積み上げて参りました。当社が開発するiPS細胞由来心筋球による治療法は、上述のパラクライン効果による心機能改善効果のみならず、移植した心筋球自体が患者さんの心筋の中に長期にわたって(マウスの寿命に近い移植後1年間まで確認)生着(※6)し成長することによって、患者さんの心臓に元来存在する心筋細胞と電気的に同調して拍動し、直接心臓に収縮力を生み出す物理的な効果を期待する治療法です。
この直接的に心筋収縮力を回復させるようとする治療アプローチは、“Remuscularization(心筋補填療法)”と呼ばれております。細胞が定着して効果を発揮することが作用機序であり、移植した心筋細胞が長期間にわたり体内に残存するため、非臨床試験結果を積み上げて安全性を確認していくことが重要です。本手法を用いた開発を進める他社も存在しておりますが、当社は既に治験段階へ入っている世界的にも数少ない企業の1社となっております。(図6)
(図6)治療メカニズムの比較
※1:LVAD, Left Ventricular Assist Device(左室補助人工心臓)
※2:分泌された物質が分泌した細胞の周囲の細胞や組織に直接作用すること
※3:STEM CELLS 2012;30:1196–1205, Pluripotent Stem Cell-Engineered Cell Sheets Reassembled with Defined Cardiovascular Populations Ameliorate Reduction in Infarct Heart Function Through Cardiomyocyte-Mediated Neovascularization, Masumoto, Matsuo, Yamamizu et al.
当社が積み上げてきた独自の技術の詳細は、下記のとおりです。主に慶應義塾大学にて20年以上の歳月を積み上げ培った技術、知財、ノウハウを当社へと移管もしくは実施許諾を受ける形で活用しております。
① 他家iPS細胞由来心筋球と自家iPS細胞由来心筋球
iPS細胞を用いた再生医療は、健康な方(健常人ドナー)の血液等の細胞からiPS細胞を作製し、そこから目的の細胞を作製して患者さんに移植する他家iPS細胞治療と、患者さん自身の血液等の細胞から患者さん自身のiPS細胞を作製し、そこから患者さん専用の目的の細胞を作製して移植する自家iPS細胞治療の2つに大きく分けることができます。
当社では、他家iPS細胞由来心筋球を自家iPS細胞由来心筋球に先行して開発しております。両者のプロセスの全体像は下記のとおりです。(図7)
(図7)他家iPS細胞由来心筋球移植と自家iPS細胞由来心筋球移植
当社の他家iPS細胞由来心筋球では、外部機関からiPS細胞の原株を取得し、そこから原株を保存するマスターセルバンク、心筋細胞作製時に都度用いるワーキングセルバンクを製造開発委託機関(CDMO)の協力のもとに作製し、当社自身で維持・管理を実施しております。このため、今後の製品供給に必要なiPS細胞を当社自身で供給できる体制を整えております。
自家iPS細胞由来心筋球移植では、後述のように個々の患者さんから安定して高品質のiPS細胞を作製する技術、個々のiPS細胞から高品質な心筋細胞を作製する技術が求められます。
② 当社独自の技術
当社が開発している再生医療等製品候補である他家iPS細胞由来心筋球、及び自家iPS細胞由来心筋球には複数のステップが必要であり、各段階の重要プロセスにおいて当社は独自の技術ノウハウや知財を確立しております。
他家iPS細胞由来心筋球では、上述のようにiPS細胞は既に作製済みで、既にセルバンク化されていますが、自家iPS細胞由来心筋球では、患者さんの血液等からiPS細胞を製造(a)する必要があります。以降のステップは共通していますが、iPS細胞を大量培養し心筋の中でも心室筋に選択的に分化誘導(b)して大量作製した後、当社が開発した純化精製技術で未分化iPS細胞及び非心筋細胞を除去(c)し、心筋細胞の純度を98%以上へ引き上げる徹底した純化を進めます。その後、約1千個の心筋細胞の塊である「心筋球」を大量に作製(d)し、心臓を傷つけないように先端を加工した特殊な注射針(e)を用いて開胸手術時に心臓に心臓外壁から直接移植します。(図8)
(図8)当社技術の全体像
純化精製に代表される本プロセスの実現によって、複数の細胞が混じった複雑な製造基準が不要となったほか、目的外の細胞を除去したことで腫瘍形成リスク、不整脈発現リスクを最小限に抑えることが期待できます。(a)~(c)のプロセスを経て製造した心室特異的心筋細胞は、超低温で長期間冷凍保存することが可能であり、冷凍保存した心筋細胞を患者さんの手術スケジュールに合わせて、解凍して心筋球を製造(d)することが可能です。なお、本プロセスはGMP(Good Manufacturing Practice)下での製造が可能で、既に製造開発受託機関(CDMO)へ製造技術移管を完了させております。
詳細は下記のとおりです。
a.iPS細胞作製技術
細胞治療を目指す上では、再生医療等製品の最終製品だけでなくその原材料においても薬機法にて品質や安全性確保が求められております。当社は他家細胞治療にて再生心筋細胞の原料として活用するiPS細胞原株を他社から取得した後、原株を保存するマスターセルバンク、心筋細胞作製時に都度用いるワーキングセルバンクを製造開発受託機関(CDMO)の協力のもとに当社自身で維持・管理を実施しているため、当社自身でiPS細胞を供給できる体制を整えております。
ヒトの身体には細胞の自己と非自己を判断し非自己細胞を免疫が除去する仕組みがあり、それを細胞表面のヒト白血球抗原(HLA)(※7)が担っていますが、他家細胞治療ではこの免疫応答をいかに抑えるかが重要です。下記「c.純化精製技術」にて後述する技術革新や治療後の免疫抑制剤の活用によって、他家細胞治療による免疫拒絶のリスクを低減する仕組みを取り入れております。
なお、図8のとおり、当社は自家細胞治療も可能とするiPS細胞を製造する技術も保有しております。次世代パイプラインにおいて自家細胞治療を樹立していく際にも、豊富な技術知見やノウハウを保有しております。
b.分化誘導技術
慶應義塾大学での研究によって、iPS/ES細胞(※8)から心筋細胞への分化誘導方法が確立されてきました。心筋再生医療には大量の心筋細胞が必要ですが、より安価かつ効率よく心筋細胞への分化誘導が可能になっています。
心筋細胞には、心房筋細胞、心室筋細胞、ペースメーカー細胞と性質が異なる細胞がありますが、それぞれが異なる拍動のリズムを持つため、多くの細胞が混ざった状態で製造された心筋細胞は、不整脈のリスクを誘発する可能性が示唆されております。他方、当社の心筋細胞は、心房筋細胞やペースメーカー細胞を含まない、全身循環のポンプ機能を担う心室筋特異的な心筋細胞です。心室筋特異的心筋細胞は拍動のリズムが他の細胞に比べて遅いために、細胞移植後患者さんの心臓のリズムに連動しやすい利点があり、徹底した純化精製によって拍動リズムの異なる他の細胞を除去したおかげで、結果として不整脈が発生するリスクが低減されていると考えられます。(図9)
(図9)細胞別の心拍数の対比
c.純化精製技術
iPS細胞を心筋細胞に分化誘導した段階では、未分化のiPS細胞や心筋細胞以外に分化した細胞が残存していますが、特に残存未分化iPS細胞(※9)を除去せずに移植してしまうと腫瘍形成につながってしまう恐れがあります。このため、未分化iPS細胞を純化精製プロセスの中で極限まで除去していくことが、治療法の安全性を確保する上で重要になっていました。
慶應義塾大学での福田惠一及びそのチームの研究において、ヒトiPS/ES細胞及び心筋細胞が細胞培養に必要としている栄養分の代謝解析を進めた結果、どの細胞もグルコース及びグルタミンが培養に必要であるのに対して、心筋細胞だけはグルコース及びグルタミンの欠乏下でも乳酸によって培養可能であることが明らかになりました。本代謝解析の成果を活用して、培養液からすべての細胞の生存に必須とされるグルコース及びグルタミンを除去し、この代替物として心筋細胞だけが効率よく利用することのできる乳酸を添加する工夫をすることで、腫瘍形成の原因となる未分化幹細胞を検出限界値以下までに死滅させ、心筋細胞だけを選別する方法を確立することに成功しました。
これによって、培養液を交換するという極めて単純な工程によって、臨床応用を視野に入れた高純度の心筋細胞を作製することが可能となりました。この研究成果によって安全性の高い大量の心筋細胞を簡便に入手するという大きな課題が解決し、心臓の再生医療の実用化に向けて大きく前進しました。(図10、図11)
(図10)腫瘍形成リスクのある残存未分化iPS細胞の除去プロセス
(図11)純化精製前後での比較
ファイバー状につながっているのが心筋細胞。純化精製前に心筋細胞の間に存在していたiPS細胞や非心筋細胞は、純化精製の結果死滅して、死んだ細胞のみが確認出来る。
また、上述の心筋細胞の純化精製プロセスは、腫瘍形成のリスクを低減させただけでなく、投与に関する安全性の確保に重要なメリットをもたらしています。心筋細胞は他の細胞と比べて、HLAの発現が微小であることが報告されており、純化精製プロセスを通じてiPS細胞を含む目的外の細胞を極限まで除去できた心筋球は、免疫拒絶を受けにくいと想定されます。
d.心筋球作製技術
心筋細胞をバラバラの細胞のまま移植しても、心筋細胞は分散していると脆弱化し、注射針を用いて移植すると90%の細胞は移植直後に拍動に伴う絞り出し現象で心臓外に押し出されてしまう、といった理由で、心臓への生着率が低いことが知られていました。他方、細胞は同種の細胞が凝集すると細胞外マトリックスという物質を介して相互に接着する性質があり、当社では、約1千個の心筋細胞を塊にした「心筋球」を作製し心臓組織に移植する手法を開発いたしました。実際に免疫不全マウスを活用した移植実験において、心筋細胞単体(シングルセル)よりも心筋球移植の方が、高い割合で生着出来ることが示されました。(図12)ルシフェラーゼというホタルの発光などでも見られる遺伝子を導入したiPS細胞から心筋細胞もしくは心筋球を作製してマウスに移植すると、生着している細胞の量に応じて蛍光を生じさせることができるため、細胞の生着率を相対的に評価することができます。図12では、心筋細胞を1個1個バラバラの状態(シングルセル)で移植したときと比べて、心筋球による移植では蛍光の量は14倍以上になっており、心筋球のほうがより効率的に生着することが示されております。
(図12)心筋球とシングルセルで移植することの細胞定着率の違い
サルに当社のヒトiPS細胞由来の心筋細胞を移植した実験(信州大学 柴祐司先生らとの共同研究)でも、移植心筋はきれいに生着しております。(図13)移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞は、同方向で収縮できるようサルの心筋細胞と並行に配列され(左図)、また同調した収縮が行えるよう直接的な連結を形成される(右図)ことが確認されました。
(図13) サルに移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞(移植後84日)
生着した移植心筋細胞は患者さんの心筋組織内で成長し、低下した収縮機能を補うことで、原疾患を問わず心機能を長期的に改善することが期待されます。
e.投与技術
当社は心筋球のみならず投与技術もあわせて開発しております。多様な心筋壁へのアクセス・ルートにくわえ、心筋球の移植針、カテーテルシステム、補助用アクセサリーなど、術者の手技レベルに依存することなく安全かつ効果的な細胞移植を可能とするシステムを確立しており、(3)開発パイプラインにおいて詳述します。
(3)開発パイプライン
当社は、重症心不全の中でも特に収縮不全の重症心不全を対象に、他家iPS細胞由来心筋球による治療法の開発を進めております。
収縮力が低下する重症心不全の原因として、大きく虚血性心疾患(IHD:心筋梗塞や狭心症などで虚血、すなわち、心臓に十分血がいきわたらず、血液が運搬する酸素と栄養素が心筋に供給されず心臓が酸欠状態となり胸痛が起こるもの)と拡張型心筋症(DCM:心臓の筋肉そのものの異常により心臓の筋肉が薄くなり拡張して収縮力が低下するもの)の2つがありますが、当社の開発品は原因疾患にかかわらずに効果を示せると考えられ、これらの両方を対象として考えております。疾患調査に関する論文などの公開情報及び市場調査などの結果をもとにした当社推計では、虚血性心疾患では、収縮不全の患者層が45%~50%、虚血性且つ難治性の患者層であるニューヨーク心臓病協会(NYHA)分類のII度~IV度を全体の20~30%として、対象患者の母集団としては日本約16万人、米国70~80万人、全世界ベースで約700万人が存在し、また、難病指定をされている拡張型心筋症では日本2万人、米国8~12万人が存在すると想定されます。
心筋再生医療を普及させ、世界中の患者さんにお届けするためには、移植方法と免疫拒絶の抑制の2つの側面からパイプラインを展開する必要があると考えております。そのために、当社では、リードパイプラインであるHS-001の、最も確実な移植方法である開胸手術下での移植から臨床開発に着手しつつ、同時に以下の当社パイプラインように開発しております。(図14)
(図14)当社パイプライン
a.HS-001(他家iPS細胞由来心筋球の開胸投与による治療プログラム)
最初に臨床試験を行うのは、移植したい部位に心筋球を最も確実に移植できるように、開胸手術によって心筋内に直接移植する方法です。移植時に出血を最小限に抑え、安全かつ多数の心筋球を効率的に移植できるように開発した特殊な移植デバイスを用います。更に、患者さんの負担の減少のため、もともと冠動脈バイパス手術(CABG)を予定している患者さんに、CABGとあわせて心筋球の移植を行います。
CABGは虚血部位の血液を再環流させる治療法であり、心筋球へ栄養を行き渡らせる手段として相性が良いと考えられます。他方、CABGの有無や移植部位による心機能改善の差などが治験結果の分析で判明していき、本治験が成功した際には、CABGとの併用に加えて、CABG以外の開胸手術との併用や、他の手術との併用だけではなくHS-001単体での使用の可能性もあると考えております。
当社は、再生医療等製品の早期実用化に向けた条件及び期限付き承認制度の活用を想定しており、本治験終了後に承認申請を実施する方針でおります。本治験は、PMDAウェブサイト上(https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0019.html ※本書提出日現在にて記載確認)にて、国内開発の最終段階である治験で終了後承認申請が見込まれる治験(「主たる治験」)として届け出ております。
投与システム
当社は開胸投与において心筋球を移植するための特殊な移植デバイスを開発しております。針の先端は盲端加工(先端部分は組織を傷つけないようにとがっていない、鍼灸の針と似た加工)されていて、心臓組織に張り巡らされた血管網を切断せず、針を刺す事での損傷を最小限に抑えて心筋内に到達することが可能で、かつ通常の注射針で見られるような出血は起きません。また、超微細加工により心筋球の大きさに合わせた側孔を6か所に設けており、心筋球がこぼれ出ることを最小限に抑えています。移植時に心臓組織に針が深く侵入し過ぎることを防ぐために、心臓の上に固定するガイドアダプターを使って、常に理想的な角度と深さで移植する手技を開発済みであり、術者の手技レベルに依存することなく安全かつ効果的な細胞移植を可能とするシステムを確立しております。このような移植術者の技術的な負担を軽減し、効率よく心筋球の移植を行うシステムの開発は、細胞移植後の治療効果の安定性と本療法の普及に重要な役割を持つと考えております。(図15)
(図15)心筋球と移植デバイス
治験デザイン
虚血性心疾患を原疾患とする患者さんを対象とした第Ⅰ/Ⅱ相治験(LAPiS試験)は、安全性の確認及び有効性の推定を得ることを目的とした治験であり、標準療法である急性・慢性心不全診療ガイドライン薬も既に服用している上で経過が思わしくない患者さんが組み入れられております。低用量5例(細胞含有量5,000万個、1回投与)、高用量5例(細胞含有量1.5億個、1回投与)合わせて計10例を対象とし、2025年1月末に全10例の投与が完了しました。2025年12月末時点におきまして、低用量5例の52週にくわえ、高用量5例の26週のフォローアップ結果を取得し会社発表をしております。主要評価項目は26週の安全性ですが、治験後の承認申請の為に、副次評価項目にて、有効性に関する複数の評価指標を設定しております。免疫抑制剤は、心筋球投与直後は合計3剤を心臓移植用量より低い用量で服用開始し徐々に減少させ、26週経過以降は1剤のみを非常に低い用量で継続します。(図16)
(図16)LAPiS試験概要
「心筋の生着」(心筋壁運動、生存心筋量、血流量を確認し、投与前にはなかった心筋が生着し、拍動に機能しているかどうか)、及び「リバースリモデリング(※11)」(左室拡張末期容積(LVEDV)を計測し、心筋補填による構造的な変化・改善を確認する)を有効性の確認のための評価項目としており、標準治療を進める中で心不全が悪化していく患者さんでは通常みられない、心臓の構造的な変化・改善が確認できる評価項目にしております。(図17)
(図17)Mechanism of Actionの証明:評価項目の設定の意図
※:The Kansas City Cardiomyopathy Questionnaire
LAPiS試験の途中経過
当治験における症例報告が、第73回日本心臓病学会(2025年9月)や第29回日本心不全学会学術集会(2025年10月)などを通じて治験施設より発表されております。また、それらの内容を総括するかたちで、米国心臓協会学術集会2025(2025年11月)などの国際学会において、低用量群の52週および高用量群の26週データについて会社発表をしております。概要は下記のとおりです。(図18、図19)
(a).有効性の示唆について
(図18)低用量群52週データ
低用量群の患者背景については、左室駆出率(LVEF)(※10)の移植前における全5例の平均は約25%であるほか、全例でNYHA機能分類はIII、また心不全マーカーであるNT-proBNP値も高いなど、他の治療選択肢を考えづらい重症な心不全患者さんが組み入れられました。52週後の結果において、心筋の動きが改善したにもかかわらず、僧帽弁閉鎖不全症と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受けた2例目を除き、いずれの指標も著しい改善あるいは軽度の改善を示しております。指標別では、NT-proBNP値が非常に高かった症例でも大きく減少しているとともに、5例中3例において日常生活では症状がないNYHA機能分類Iにまで改善しております。
(図19)高用量群26週データ
高用量群の患者背景についても、左室駆出率(LVEF)の移植前における全5例の平均が20%台前半であり、重症な心不全患者さんが組み入れられました。26週後の結果において、症状の著しい改善を受けて、移植後3カ月以降に活動量を急激に上げたことによる影響を受けた(第73回日本心臓病学会における治験施設医師による学会報告より)8例目を除き、いずれの指標も著しい改善あるいは軽度の改善を示しております。指標別では、左室駆出率(LVEF)が全例で改善したほか、5例中4例で日常生活では症状がないNYHA機能分類Iになり、同じく5例中4例で6分間歩行も高齢日本人の平均的な500メートルを超えており、健常者に近い生活レベルを取り戻されております。
(b).安全性について
低用量群(52週後)と高用量群(26週後)ともに、腫瘍形成、難治性心室性不整脈、治験継続に支障のある重篤な有害事象、いずれも観察されておりません。また、術前に心不全により頻回に入院を繰り返していた患者さんを含め、術後の再入院が必要となったのは、全10例中、僧帽弁閉鎖不全症と新型コロナウイルス感染症の影響を受けた2例目のみであります。
(c).細胞の生着に関する解析について
心筋球の生着を確認する画像的評価にくわえ、左室壁における部位毎の収縮力の改善確認や収縮強度や構造的変化など、移植後心筋球の生着及び生着に伴う収縮力改善結果に関して、付随的な分析が実施されております。これらの現在確認できている成果を踏まえると、心筋球移植部位での収縮力の改善がみられていることが判明しております。(図20、図21、図22)
(図20)本治験2例目における施設PET検査解析結果
PET画像診断を用いて、術前には心筋の生存が見られなかった部位において、心筋球移植後に心筋の生存が確認されました。これはCABGでは起きえない変化であり、移植心筋の生着が示唆されました。
(図21)左室壁における部位毎の収縮力の改善確認
部位毎の収縮力の改善有無をMRI検査および心エコー検査で確認したところ、再生心筋細胞を移植した部位において、冠動脈バイパス術の有無に拘わらず、局所的な収縮の改善が確認されたことにくわえ、心筋梗塞などにより心筋壁が薄くなった部位における収縮の改善が確認されました。(図21上:黄色系色から青系色へ変化した部位)
(図22)本治験3例目における収縮強度や構造的変化の確認
MRIストレイン解析を用いて、拡大した心臓の縮小にくわえ、ポンプ機能の改善が確認されました。術
後6ヶ月において、心筋球移植部位周辺における「強い収縮」を示す赤い表示が確認できます。
b.HS-005(他家iPS細胞由来心筋球のカテーテル投与による治療プログラム)
カテーテルを用いることで、患者さんの負担がより少ない簡便な方法で他家iPS細胞由来心筋球を移植することを目指し、HS-005を開発しております。より広い患者層が対象となること、また、循環器内科医によって施術可能であり心臓血管外科医がいない医療機関でも治療を行えることが期待できます。HS-001で他家iPS細胞由来心筋球の効果を実証した上で、この低侵襲な投与法であるHS-005を、HS-001の次世代品として今後グローバルに展開することを検討しております。
HS-005は大動物を用いた非臨床試験において、狙った心臓内の領域へ心筋球を後述の新規開発カテーテルを用いて安全に投与できること、また万が一、左心室腔内で心筋球が散布した際も術中・術後に異常な臨床症状が認められないことなどを確認した上で、 第Ⅰ/Ⅱ相治験(EMERALD 試験)の治験届をPMDAへ提出しました。2025年12月末現在、PMDAによる治験届の30日調査が完了しており、国内での治験開始が正式に可能となった状態です。
投与カテーテルシステムについて
当社のリードパイプラインであるHS-001は、開胸手術下において医師の目視により心臓の外側から心筋層内へ心筋球を投与する一方、HS-005はカテーテルを用いて心臓の内側から投与するため、目視できない心臓内部において標的とする心筋層へ心筋球を安全かつ正確に投与する高度な技術が不可欠となります。
そこで、当社は心臓循環器領域における有力な医療機器メーカーである日本ライフライン株式会社と共同で、iPS細胞由来心筋球向け投与カテーテルシステムを開発しました。同社は不整脈診断カテーテルにおいて国内トップシェアを有し、心臓向け細胞投与カテーテルの開発実績を持つ国内唯一の企業です。
HS-005で使用するカテーテルシステムは、マッピングカテーテルと投与カテーテルの2種類から構成されており、心筋球を標的部位へ正確に投与することを目的とした機構を備えています。(図23)
・マッピングカテーテル
マッピングカテーテルは、先端部に配置された複数の電極の位置を3Dマッピングシステムに反映させることで、左心室内部の形状を立体的に構築しモニター表示するとともに、カテーテルの位置情報を得ることができ、標的とする部位への到達に貢献します 。
・投与カテーテル
投与カテーテルの先端には専用針が備えられており、その側孔より細胞が吐出されます。また、細胞吐出部の手前に組み込まれている電極により、その先が心筋層に到達したことを心電図変化によって確認できる構造となっており、適切な深さでの穿刺に貢献します。
(図23)マッピングカテーテルと投与カテーテル
なお本術式は、循環器内科において不整脈に対するカテーテルアブレーション治療の経験を有する医師が中心となって実施することを想定しています。これらの医師は左心室へのカテーテル誘導やマッピング操作に既に習熟していることから、HS-005における医師へのトレーニング負荷は大きくないと考えています。
治験デザイン
虚血性心疾患および拡張型心筋症を原疾患とする心不全患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相治験(EMERALD試験)は、安全性の確認と有効性の推定を得ることを目的とした治験であり、標準療法である急性・慢性心不全診療ガイドライン薬も既に服用している上で経過が思わしくない患者さんが組み入れられる予定です。両疾患群それぞれ7例、合計14例を対象に、高用量(細胞含有量1.5億個)を最大15箇所に分割して投与する計画です。主要評価項目は26週の安全性ですが、治験後の承認申請の為に、副次評価項目にて、有効性に関する複数の評価指標を設定しております。免疫抑制剤は、心筋球投与直後は合計3剤を心臓移植用量より低い用量で服用開始し徐々に減少させ、26週経過以降は1剤のみを非常に低い用量で継続します。
c.HS-040(自家iPS細胞由来心筋球)
HS-040は、患者さん自身の細胞からiPS細胞を樹立し、そこから心筋細胞への分化・純化を進めた自家iPS細胞由来心筋細胞を活用した治療法を開発しております。開発ステージとしては基礎研究段階であります。免疫抑制剤を必須とする上記「a」「b」の治療法とは異なり、本治療法では、患者さん自身の細胞を活用するため免疫拒絶の懸念が無いと考えられます。特に、常に感染のリスクにさらされているLVAD移植を行うケースもしくは乳がんなどへの抗がん剤治療後に心不全を発症するケースや、免疫抑制剤の活用を出来るだけ避けたいと考えられる小児心不全への適用が期待されます。
当開発品が国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業 (再生・細胞医療・遺伝子治療産業化促進事業)」に採択されたことを2023年9月に発表しております。
加えて、アイ・ピース㈱(I Peace)と共同で、I Peaceが作製した複数のドナー由来のiPS細胞株に対して、Heartseed独自の心筋分化・純化精製方法を用いて分化誘導した結果、そのすべてのiPS細胞株から高純度の心筋細胞を安定して作製することに成功したことを2023年11月に発表しております。自家iPS細胞由来心筋細胞を活用した治療法の実現に向けて大きく前進しました。
当社及び開発パートナーはiPS細胞を用いた心筋再生医療の実現に向けて研究開発を進めておりますが、その過程で、心臓病以外にも適応可能な技術を生み出してまいりました。将来的には免疫拒絶の懸念がない、患者さん自身の細胞からiPS細胞を作製するオーダーメイド治療が期待されます。また、残存未分化iPS細胞を除去することは心臓病以外の治療法においても重要です。これらの技術はiPS細胞を用いた治療の可能性を心筋再生医療以外にも拡げるためのプラットフォーム技術として活用できる可能性があります。
d.高性能iPS細胞作製技術
上記「(2)②当社独自の技術」図8にてご説明のとおり、当社が現時点で開発を注力しているパイプラインは他家iPS細胞由来心筋球を活用した心不全の治療となっておりますが、原材料であるiPS細胞を患者さん自身の細胞から取得し心筋細胞へと分化・純化させることが出来れば、いわゆるオーダーメイドの再生心筋治療が可能になります。他方で、本治療実現の為には、心筋細胞へ効率よく分化誘導出来る良質なiPS細胞を高効率で樹立する技術が必要となります。
iPS細胞の樹立効率やiPS細胞を目的の細胞に分化させるための分化効率にはばらつきがあり、特に自家再生医療のように患者さん自身の血液などからiPS細胞を作製するプロセスが安定しないことが問題でした。通常の細胞をiPS細胞へとリプログラミングする際の初期化因子の導入時に品質改善剤(H1foo)を追加することでこの課題を解決しており、当社は本研究に関する知財を独占的に保有しております。細胞が多能性を持つための活性化プロセスにおいてリンカーと呼ばれる構造が遺伝子の転写活性の制御に深く関わっており、その中で哺乳類の卵母細胞(※12)特異的なリンカーであるヒストンH1fooが多能性を向上させることで、高品質なiPS細胞コロニーを樹立出来る確率が改善しただけでなく、作製したiPS細胞から心筋細胞への分化効率も上昇させました。本添加剤を活用することで、当社の主事業領域である心筋再生医療のオーダーメイド治療の実現だけでなく、iPS細胞由来の他臓器における再生医療でも応用ができると期待しております。(図24)
(図24)H1fooによるiPS細胞の樹立効率改善と心筋細胞への分化効率の安定化
e.残存未分化iPS細胞除去技術
当社は、設立母体の慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)内科と共同で、心筋細胞の作製時に残存する未分化iPS細胞や非心筋細胞を効率的に除去するために、細胞のタイプごとのエネルギー代謝の違いに着目し、培養液の成分を工夫することで目的外の細胞が死滅し、目的の細胞のみを得られる「メタボリックセレクション」を開発してまいりました。
心筋細胞の純化精製には、培地からグルコースとグルタミンという多くの細胞の生存に必須な栄養素を除去し、代わりに乳酸を添加した培地で培養することが効果的です。これはグルコースやグルタミンがなくても、乳酸を効果的に栄養源として利用できる心筋細胞の特殊な性質を利用しており、他の細胞に適応できるものでは必ずしもありません。
他方で、iPS細胞は分化した細胞と比較して脂肪酸合成を活発に行っており、脂肪酸合成阻害剤を添加することで、心筋細胞のみならず神経細胞や肝臓の細胞にもダメージを与えることなく、iPS細胞を選択的に除去出来ることが慶應義塾大学のグループより示されております。(図25)
(図25) 脂肪酸合成阻害剤によるiPS細胞の選択的除去
(上段がコントロール、下段が脂肪酸合成阻害剤添加)
当社では、心筋再生医療以外の領域で当社のメタボリックセレクションに関する特許を使用する、もしくは使用を希望される企業に対して、ライセンスを進め、iPS細胞を用いた細胞治療の実用化に貢献してまいりたいと考えております。2023年9月にiPS細胞から心筋細胞以外の細胞を作製して治療薬を開発されている企業に脂肪酸合成阻害法を用いた純化精製技術のライセンスアウトを実施したことを発表しております。なお、当社は慶應義塾大学から本技術の再実施許諾権付独占的通常実施権の許諾を受けています。
(1)事業の特徴
① 概要
当社が日本で開発中の治療法は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下、「薬機法」という。)における再生医療等製品に該当し、日本政府は再生医療等製品の開発・承認期間の大幅な短縮を可能にした法律を世界に先駆けて制定するなど、実用化に向け国を挙げて全面的に後押しをしています。当社は、iPS細胞から作製した心筋細胞を重症心不全患者の心臓の中に移植する世界初の心筋再生医療を実現すべく、本制度を活用した条件及び期限付承認を取得することを目指して開発を進めております。
当社は、より多くの患者さんへの適用・貢献を目指して、投与手法や対象疾患の多様化を図るべく、心筋球による複数の治療プログラムを開発中です。リードパイプラインであるHS-001(他家iPS細胞由来心筋球の開胸投与)では、虚血性心疾患による重症心不全患者10例(低用量5例、高用量5例)を対象に、冠動脈バイパス手術(※4)と併用して投与するLAPiS試験を実施中です。既に全10例の投与組み入れを完了しており、2026年1月に治験で既定した52週フォローアップが完了しております。また、HS-005(他家iPS細胞由来心筋球のカテーテルによる投与)においては、虚血性心疾患、拡張型心筋症それぞれを原疾患とする重症心不全患者7例ずつ計14例の組み入れを目標としたEMERALD試験を予定しています。2025年11月4日付当社リリースの通り、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)による治験届の30日調査が完了済みであり、2026年より治験開始すべく準備を進めております。 HS-001におけるLAPiS試験、HS-005におけるEMERALD試験いずれにおいても、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)ウェブサイト上(https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0019.html ※本書提出日現在にて記載確認)にて、国内開発の最終段階である治験として、当社が終了後承認申請を見込む治験(「主たる治験」)として届け出ております。
なお、当社はグローバル大手製薬企業のノボノルディスク エー・エスと2021年より4年間に渡って提携関係がありましたが、2025年9月29日付当社リリースの通り、事業提携が先方事由により解消となりました。結果として、導出していた当社の開発・製造・販売に関する権利及び知的財産権などが当社へ返還された他、ノボノルディスク エー・エスが提携期間中に独自に開発取得していたノウハウや知財についても、当社が追加コストを支払うことなく受領しております。当社は本書提出日現在において、HS-001ならびにHS-005に関する全世界の権利を保持しており、今後、日本の臨床開発を進めるとともに、グローバル市場への対応方向性につき検討を進める予定です。
② 対象疾患について
心臓は標準的なヒト成人の心臓ではおおよそ250-350gといわれていますが、心臓全体として筋肉の塊のような構造をしており、体全体に血液を循環させるポンプの役割をしています。日本医師会によると、心臓によって1分間で合計約5Lの血液量が全身に循環され、心臓の拍動の回数は1日約10万回、一生の間には40億回以上も打ち続けることになります(日本医師会website https://www.med.or.jp/forest/check/05_02.html ※本書提出日現在にて記載確認)。心臓の拍動を支えるのが心筋細胞ですが、ヒトは壊死した心筋を元に戻す自己再生能力を持っていないため、加齢や疾患などによるダメージなどで心臓の筋肉量は徐々に低下をしていき、結果、心拍出量は低下していきます。
心臓の収縮能力や拡張能力が低下するなどの原因により、心拍出量が低下し、その拍出量の低下を補うために心臓が拡大し、その結果、肺などの臓器のうっ血や呼吸困難、運動能力の低下をきたす症候群が、心不全です。様々な心臓疾患の病状の進行により起こる終末像とも言え、心不全を引き起こす代表的な原因として、虚血性心疾患(心筋梗塞など)、高血圧、心臓弁膜症、心筋炎、不整脈等心臓や循環器に起因するものに加えて、糖尿病や肺気腫などの他臓器に関連するもの、心臓が生まれつき正常でない先天性心疾患など数多くの病態が存在します。急性期のショックと、慢性的な病態進行が混ざりながら病態が悪化していきます。心不全では、上記の自覚症状が慢性的に継続しながら病態が進行していった結果、最悪の場合は死に至る可能性もあります。(図1)
(図1)心不全の病状進行:虚血状態から心筋壊死へ
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世界保健機関(WHO、Key facts、2025年7月報告)によると、心不全を含む循環器系疾患は世界の死因の第一位で、2019年には約1,800万人が命を落としています。中でも心不全は生存率が低い疾患で、患者数も増加を続けており、画期的な治療方法の開発が強く望まれています。心不全患者数は2017年時点で世界に約6,500万人とされ(N.L. Bragazzi et al., ESC European Journal of Preventive Cardiology 2020)、米国では2012年に約650万人だったのが2030年には800万人以上に増加すると予測されています(Benjamin, Circulation 2017)。日本でも2005年に約100万人だった患者数が、2020年時点で約120万人、2030年には約130万人に増加すると予測されています(Okura, Circulation J 2008)。この患者数の増加は、高齢者の増加と医療技術の高度化により一命をとりとめるケースが増えたことが一因で、入院患者数や医療費の増大から「心不全パンデミック」と呼ばれるほどに、大きな社会問題となっています。
また、心不全による死亡者数は、米国では2004年に28万人であったものが、2022年の調査によると45万人まで増えております。(Adler, Circulation 2009、及びCDC website https://www.cdc.gov/heart-disease/about/heart-failure.html ※本書提出日現在にて記載確認)。日本でも2020年には、悪性新生物(がん)のうち死亡数の最も多い肺がんより多い約9万人が心不全で亡くなっています。循環器系疾患で急性心筋梗塞、脳梗塞の死亡者数は減少している一方で、心不全による死亡者数は増加の一途をたどっています。(図2、厚生労働省 2024年(2024年)人口動態統計から当社作成)
(図2)国内年度別死因別死亡者数(人)
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③ 既存の治療法について
心不全発症前の治療としては冠動脈閉塞に対するカテーテル術、心不全発症後の病態改善のための治療法としては、心臓の負担を下げるための運動療法や薬物治療など、急性・慢性心不全診療ガイドラインに則して数多くの治療法が整備されておりますが、いずれも対症療法に留まっております。特に近年新薬が登場している薬物治療においても、複数種類の医薬品を組み合わせて、それぞれ最大用量の処方が推奨されるものの、血圧を下げる方向の薬が多いことから併用が難しかったり、患者さんの病態の都合上低用量でしか処方できなかったりと、課題があります。心不全の経過は多くの場合、慢性・進行性であるが故に、急性増悪が繰り返し発生することによって重症化していくことから、こうした対症療法を進めていたとしても、病態コントロールが出来ない場合は結果として、ステージC(心不全ステージ)からステージD(治療抵抗性心不全ステージ)へと進展していきます。
最も症状が進行したステージDの心不全患者さんの病態は厳しく、5年生存率は多くのがんよりも下回る20%程度であり(Amar, Circulation 2007)、重症心不全の根治的な治療法は心臓移植しかありません。心臓移植は世界中で慢性的なドナー不足が続いています。国内では特に深刻で、1997年に「臓器移植に関する法律」が施行され25年を経過した2023年に史上初めて100例を突破(日本心臓移植研究会報告)したものの、過去10年平均では約60例であり、年間の心不全死亡数との対比では約0.1%をカバーするに留まっています。心臓移植は65歳以下が対象となっていますが、平均待機期間が3年程度で5年以上待機しているケースもあり、移植登録ができるのは実質的には60歳までとなっています。
心臓移植を待機している患者さん向けの一時的な治療法として、小型ポンプを体内に埋め込んで心臓の左心室につなげて血液循環を補助する補助人工心臓治療があり、近年では心臓移植件数が伸び悩む中、補助人工心臓を半永久的に使用するDestination Therapyという治療法が許可されております。しかしながら、補助人工心臓治療の適応となるには、様々な選択基準をみたす必要がある他、初回退院後6ヵ月程度の同居によるサポートが可能な介護者がいる体制が必須で、バッテリーや電源の管理をはじめとして、患者さんだけでなく支える家族や周囲の方の生活習慣にも大きな制限があります。また心臓移植や補助人工心臓は費用が高額でかつ、施術後も毎年高額な管理費用が必要であり、施術に踏み切ることのできる心不全患者さんは限られているのが実態です。このように、重症心不全は患者数が多く、死亡者数も多く、かつ新規治療法が強く求められる、アンメット・メディカル・ニーズの高い疾患です。
他方、iPS細胞を用いた心筋再生医療は、心臓移植・補助人工心臓よりも多くの患者さんへの適用を目指すことができます。すなわち、心臓移植を待つ厳しい病態の患者さんへの適用のみならず、病態の早期段階での治療の選択肢としても、心機能の改善、悪化の阻止、病状進行を遅らせるなどの期待があります。多くの患者さんに適用可能になることが望まれております。(図3,図4)
(図3)当社治療法の概要
心筋細胞は生まれた後は細胞分裂をしないため、心筋梗塞等で一部が壊死してしまうと、その後再生する
ことがありません。根治には、残存心筋のパフォーマンスを改善させるだけでなく、根本的な原因である
減少した細胞量を補うことで、ポンプ機能を改善させ、拡大した心臓を縮小させることが必要になります。
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当社の心筋補填療法は、再生心室筋を心臓壁に直接移植することで心筋を補填する治療法です。
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(図4)国内重症心不全の治療法の比較(当社まとめ)
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④ 当社事業のバリューチェーン、パートナーについて
当社事業におけるバリューチェーンは、研究、開発、製造、輸送、販売から構成されます。大学病院や公的研究機関等に加え企業等の開発パートナーとの共同研究等を通じて、心筋再生に関する最先端の研究を遂行しております。そしてこれら研究成果を、特許として出願することにより知的財産を形成しております。
当社は他家iPS細胞由来心筋球による心筋再生医療を実現すべく研究開発を進めております。日本国内の開発については、当社単独で進めており、開発業務委託機関(CRO)である㈱リニカルの支援を得て治験実施中です。治験製品の製造については、製造開発受託機関(CDMO)である㈱ニコン・セル・イノベーションへ、また、心筋球や移植針などの移植デバイスの輸送は再生医療に実績のある㈱メディパルホールディングスの100%子会社であるSPLine(エスピーライン)㈱へ委託しております。なお、日本以外の全世界の権利については、当社は本書提出日現在において、HS-001ならびにHS-005に関する全世界の権利を保持しており、新規パートナーを確保した上で海外開発を委託するか、もしくは自社で研究開発を進めるかなど、グローバル市場への対応方向性につき、今後、検討を進める予定です。(図5)
(図5)事業系統図
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(2)技術及び開発品の特徴
治療薬の開発は、技術の進化に伴って一般的に、体全体に効果を持つゆえに全身性の副作用が出てしまうものから、患部を局所的に治療ができる高い有効性と限定的な副作用が両立できるものへと進化しており、例えば抗がん剤であれば、化学療法が開発された後、分子標的薬が生まれ、現在では血液がん向けに患者自身の免疫を活用した細胞治療薬(CAR-T)が実現されています。心臓領域の治療法では、標準治療薬の開発が進んだ後、近年では、心不全の近接疾患である肥大型心筋症の治療薬として、心臓の筋肉の収縮・拡張をコントロールする医薬品が実現し、新たなブロックバスターになり得ると期待されております。
再生医療によって心機能改善に取り組む技術開発においては、当社の代表取締役社長である福田惠一が1999年に骨髄間葉系幹細胞から心筋細胞の分化誘導に世界で初めて成功して以降、多くのグループや企業が世界中で試みており、実用化に至る製品も出てきました。しかしながら、それらの多くは、心筋細胞以外の細胞、例えば間葉系幹細胞や骨格筋芽細胞などを移植し、それらの細胞が出す分泌物が移植先の心機能の改善を促す間接的な治療アプローチ(パラクライン効果(※5))でした。
他方、福田は慶應義塾大学における循環器内科医として、医薬品企業各社が進める心臓領域の様々な新薬治験に約30年にわたって携わり、心臓領域の治療法が全身性の標準療法から心筋自体に局所的に作用する医薬品に進化していくであろうイノベーションの方向性を経験しております。その中で、1999年の心筋細胞の分化成功以降、福田は、心筋細胞を患者の心臓に移植をして心機能の改善効果を得ようとする、さらに先進的な治療法の実現を一貫して目指し研究成果を積み上げて参りました。当社が開発するiPS細胞由来心筋球による治療法は、上述のパラクライン効果による心機能改善効果のみならず、移植した心筋球自体が患者さんの心筋の中に長期にわたって(マウスの寿命に近い移植後1年間まで確認)生着(※6)し成長することによって、患者さんの心臓に元来存在する心筋細胞と電気的に同調して拍動し、直接心臓に収縮力を生み出す物理的な効果を期待する治療法です。
この直接的に心筋収縮力を回復させるようとする治療アプローチは、“Remuscularization(心筋補填療法)”と呼ばれております。細胞が定着して効果を発揮することが作用機序であり、移植した心筋細胞が長期間にわたり体内に残存するため、非臨床試験結果を積み上げて安全性を確認していくことが重要です。本手法を用いた開発を進める他社も存在しておりますが、当社は既に治験段階へ入っている世界的にも数少ない企業の1社となっております。(図6)
(図6)治療メカニズムの比較
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※1:LVAD, Left Ventricular Assist Device(左室補助人工心臓)
※2:分泌された物質が分泌した細胞の周囲の細胞や組織に直接作用すること
※3:STEM CELLS 2012;30:1196–1205, Pluripotent Stem Cell-Engineered Cell Sheets Reassembled with Defined Cardiovascular Populations Ameliorate Reduction in Infarct Heart Function Through Cardiomyocyte-Mediated Neovascularization, Masumoto, Matsuo, Yamamizu et al.
当社が積み上げてきた独自の技術の詳細は、下記のとおりです。主に慶應義塾大学にて20年以上の歳月を積み上げ培った技術、知財、ノウハウを当社へと移管もしくは実施許諾を受ける形で活用しております。
① 他家iPS細胞由来心筋球と自家iPS細胞由来心筋球
iPS細胞を用いた再生医療は、健康な方(健常人ドナー)の血液等の細胞からiPS細胞を作製し、そこから目的の細胞を作製して患者さんに移植する他家iPS細胞治療と、患者さん自身の血液等の細胞から患者さん自身のiPS細胞を作製し、そこから患者さん専用の目的の細胞を作製して移植する自家iPS細胞治療の2つに大きく分けることができます。
当社では、他家iPS細胞由来心筋球を自家iPS細胞由来心筋球に先行して開発しております。両者のプロセスの全体像は下記のとおりです。(図7)
(図7)他家iPS細胞由来心筋球移植と自家iPS細胞由来心筋球移植
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当社の他家iPS細胞由来心筋球では、外部機関からiPS細胞の原株を取得し、そこから原株を保存するマスターセルバンク、心筋細胞作製時に都度用いるワーキングセルバンクを製造開発委託機関(CDMO)の協力のもとに作製し、当社自身で維持・管理を実施しております。このため、今後の製品供給に必要なiPS細胞を当社自身で供給できる体制を整えております。
自家iPS細胞由来心筋球移植では、後述のように個々の患者さんから安定して高品質のiPS細胞を作製する技術、個々のiPS細胞から高品質な心筋細胞を作製する技術が求められます。
② 当社独自の技術
当社が開発している再生医療等製品候補である他家iPS細胞由来心筋球、及び自家iPS細胞由来心筋球には複数のステップが必要であり、各段階の重要プロセスにおいて当社は独自の技術ノウハウや知財を確立しております。
他家iPS細胞由来心筋球では、上述のようにiPS細胞は既に作製済みで、既にセルバンク化されていますが、自家iPS細胞由来心筋球では、患者さんの血液等からiPS細胞を製造(a)する必要があります。以降のステップは共通していますが、iPS細胞を大量培養し心筋の中でも心室筋に選択的に分化誘導(b)して大量作製した後、当社が開発した純化精製技術で未分化iPS細胞及び非心筋細胞を除去(c)し、心筋細胞の純度を98%以上へ引き上げる徹底した純化を進めます。その後、約1千個の心筋細胞の塊である「心筋球」を大量に作製(d)し、心臓を傷つけないように先端を加工した特殊な注射針(e)を用いて開胸手術時に心臓に心臓外壁から直接移植します。(図8)
(図8)当社技術の全体像
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純化精製に代表される本プロセスの実現によって、複数の細胞が混じった複雑な製造基準が不要となったほか、目的外の細胞を除去したことで腫瘍形成リスク、不整脈発現リスクを最小限に抑えることが期待できます。(a)~(c)のプロセスを経て製造した心室特異的心筋細胞は、超低温で長期間冷凍保存することが可能であり、冷凍保存した心筋細胞を患者さんの手術スケジュールに合わせて、解凍して心筋球を製造(d)することが可能です。なお、本プロセスはGMP(Good Manufacturing Practice)下での製造が可能で、既に製造開発受託機関(CDMO)へ製造技術移管を完了させております。
詳細は下記のとおりです。
a.iPS細胞作製技術
細胞治療を目指す上では、再生医療等製品の最終製品だけでなくその原材料においても薬機法にて品質や安全性確保が求められております。当社は他家細胞治療にて再生心筋細胞の原料として活用するiPS細胞原株を他社から取得した後、原株を保存するマスターセルバンク、心筋細胞作製時に都度用いるワーキングセルバンクを製造開発受託機関(CDMO)の協力のもとに当社自身で維持・管理を実施しているため、当社自身でiPS細胞を供給できる体制を整えております。
ヒトの身体には細胞の自己と非自己を判断し非自己細胞を免疫が除去する仕組みがあり、それを細胞表面のヒト白血球抗原(HLA)(※7)が担っていますが、他家細胞治療ではこの免疫応答をいかに抑えるかが重要です。下記「c.純化精製技術」にて後述する技術革新や治療後の免疫抑制剤の活用によって、他家細胞治療による免疫拒絶のリスクを低減する仕組みを取り入れております。
なお、図8のとおり、当社は自家細胞治療も可能とするiPS細胞を製造する技術も保有しております。次世代パイプラインにおいて自家細胞治療を樹立していく際にも、豊富な技術知見やノウハウを保有しております。
b.分化誘導技術
慶應義塾大学での研究によって、iPS/ES細胞(※8)から心筋細胞への分化誘導方法が確立されてきました。心筋再生医療には大量の心筋細胞が必要ですが、より安価かつ効率よく心筋細胞への分化誘導が可能になっています。
心筋細胞には、心房筋細胞、心室筋細胞、ペースメーカー細胞と性質が異なる細胞がありますが、それぞれが異なる拍動のリズムを持つため、多くの細胞が混ざった状態で製造された心筋細胞は、不整脈のリスクを誘発する可能性が示唆されております。他方、当社の心筋細胞は、心房筋細胞やペースメーカー細胞を含まない、全身循環のポンプ機能を担う心室筋特異的な心筋細胞です。心室筋特異的心筋細胞は拍動のリズムが他の細胞に比べて遅いために、細胞移植後患者さんの心臓のリズムに連動しやすい利点があり、徹底した純化精製によって拍動リズムの異なる他の細胞を除去したおかげで、結果として不整脈が発生するリスクが低減されていると考えられます。(図9)
(図9)細胞別の心拍数の対比
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c.純化精製技術
iPS細胞を心筋細胞に分化誘導した段階では、未分化のiPS細胞や心筋細胞以外に分化した細胞が残存していますが、特に残存未分化iPS細胞(※9)を除去せずに移植してしまうと腫瘍形成につながってしまう恐れがあります。このため、未分化iPS細胞を純化精製プロセスの中で極限まで除去していくことが、治療法の安全性を確保する上で重要になっていました。
慶應義塾大学での福田惠一及びそのチームの研究において、ヒトiPS/ES細胞及び心筋細胞が細胞培養に必要としている栄養分の代謝解析を進めた結果、どの細胞もグルコース及びグルタミンが培養に必要であるのに対して、心筋細胞だけはグルコース及びグルタミンの欠乏下でも乳酸によって培養可能であることが明らかになりました。本代謝解析の成果を活用して、培養液からすべての細胞の生存に必須とされるグルコース及びグルタミンを除去し、この代替物として心筋細胞だけが効率よく利用することのできる乳酸を添加する工夫をすることで、腫瘍形成の原因となる未分化幹細胞を検出限界値以下までに死滅させ、心筋細胞だけを選別する方法を確立することに成功しました。
これによって、培養液を交換するという極めて単純な工程によって、臨床応用を視野に入れた高純度の心筋細胞を作製することが可能となりました。この研究成果によって安全性の高い大量の心筋細胞を簡便に入手するという大きな課題が解決し、心臓の再生医療の実用化に向けて大きく前進しました。(図10、図11)
(図10)腫瘍形成リスクのある残存未分化iPS細胞の除去プロセス
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(図11)純化精製前後での比較
ファイバー状につながっているのが心筋細胞。純化精製前に心筋細胞の間に存在していたiPS細胞や非心筋細胞は、純化精製の結果死滅して、死んだ細胞のみが確認出来る。
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また、上述の心筋細胞の純化精製プロセスは、腫瘍形成のリスクを低減させただけでなく、投与に関する安全性の確保に重要なメリットをもたらしています。心筋細胞は他の細胞と比べて、HLAの発現が微小であることが報告されており、純化精製プロセスを通じてiPS細胞を含む目的外の細胞を極限まで除去できた心筋球は、免疫拒絶を受けにくいと想定されます。
d.心筋球作製技術
心筋細胞をバラバラの細胞のまま移植しても、心筋細胞は分散していると脆弱化し、注射針を用いて移植すると90%の細胞は移植直後に拍動に伴う絞り出し現象で心臓外に押し出されてしまう、といった理由で、心臓への生着率が低いことが知られていました。他方、細胞は同種の細胞が凝集すると細胞外マトリックスという物質を介して相互に接着する性質があり、当社では、約1千個の心筋細胞を塊にした「心筋球」を作製し心臓組織に移植する手法を開発いたしました。実際に免疫不全マウスを活用した移植実験において、心筋細胞単体(シングルセル)よりも心筋球移植の方が、高い割合で生着出来ることが示されました。(図12)ルシフェラーゼというホタルの発光などでも見られる遺伝子を導入したiPS細胞から心筋細胞もしくは心筋球を作製してマウスに移植すると、生着している細胞の量に応じて蛍光を生じさせることができるため、細胞の生着率を相対的に評価することができます。図12では、心筋細胞を1個1個バラバラの状態(シングルセル)で移植したときと比べて、心筋球による移植では蛍光の量は14倍以上になっており、心筋球のほうがより効率的に生着することが示されております。
(図12)心筋球とシングルセルで移植することの細胞定着率の違い
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サルに当社のヒトiPS細胞由来の心筋細胞を移植した実験(信州大学 柴祐司先生らとの共同研究)でも、移植心筋はきれいに生着しております。(図13)移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞は、同方向で収縮できるようサルの心筋細胞と並行に配列され(左図)、また同調した収縮が行えるよう直接的な連結を形成される(右図)ことが確認されました。
(図13) サルに移植したヒトiPS細胞由来心筋細胞(移植後84日)
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生着した移植心筋細胞は患者さんの心筋組織内で成長し、低下した収縮機能を補うことで、原疾患を問わず心機能を長期的に改善することが期待されます。
e.投与技術
当社は心筋球のみならず投与技術もあわせて開発しております。多様な心筋壁へのアクセス・ルートにくわえ、心筋球の移植針、カテーテルシステム、補助用アクセサリーなど、術者の手技レベルに依存することなく安全かつ効果的な細胞移植を可能とするシステムを確立しており、(3)開発パイプラインにおいて詳述します。
(3)開発パイプライン
当社は、重症心不全の中でも特に収縮不全の重症心不全を対象に、他家iPS細胞由来心筋球による治療法の開発を進めております。
収縮力が低下する重症心不全の原因として、大きく虚血性心疾患(IHD:心筋梗塞や狭心症などで虚血、すなわち、心臓に十分血がいきわたらず、血液が運搬する酸素と栄養素が心筋に供給されず心臓が酸欠状態となり胸痛が起こるもの)と拡張型心筋症(DCM:心臓の筋肉そのものの異常により心臓の筋肉が薄くなり拡張して収縮力が低下するもの)の2つがありますが、当社の開発品は原因疾患にかかわらずに効果を示せると考えられ、これらの両方を対象として考えております。疾患調査に関する論文などの公開情報及び市場調査などの結果をもとにした当社推計では、虚血性心疾患では、収縮不全の患者層が45%~50%、虚血性且つ難治性の患者層であるニューヨーク心臓病協会(NYHA)分類のII度~IV度を全体の20~30%として、対象患者の母集団としては日本約16万人、米国70~80万人、全世界ベースで約700万人が存在し、また、難病指定をされている拡張型心筋症では日本2万人、米国8~12万人が存在すると想定されます。
心筋再生医療を普及させ、世界中の患者さんにお届けするためには、移植方法と免疫拒絶の抑制の2つの側面からパイプラインを展開する必要があると考えております。そのために、当社では、リードパイプラインであるHS-001の、最も確実な移植方法である開胸手術下での移植から臨床開発に着手しつつ、同時に以下の当社パイプラインように開発しております。(図14)
(図14)当社パイプライン
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a.HS-001(他家iPS細胞由来心筋球の開胸投与による治療プログラム)
最初に臨床試験を行うのは、移植したい部位に心筋球を最も確実に移植できるように、開胸手術によって心筋内に直接移植する方法です。移植時に出血を最小限に抑え、安全かつ多数の心筋球を効率的に移植できるように開発した特殊な移植デバイスを用います。更に、患者さんの負担の減少のため、もともと冠動脈バイパス手術(CABG)を予定している患者さんに、CABGとあわせて心筋球の移植を行います。
CABGは虚血部位の血液を再環流させる治療法であり、心筋球へ栄養を行き渡らせる手段として相性が良いと考えられます。他方、CABGの有無や移植部位による心機能改善の差などが治験結果の分析で判明していき、本治験が成功した際には、CABGとの併用に加えて、CABG以外の開胸手術との併用や、他の手術との併用だけではなくHS-001単体での使用の可能性もあると考えております。
当社は、再生医療等製品の早期実用化に向けた条件及び期限付き承認制度の活用を想定しており、本治験終了後に承認申請を実施する方針でおります。本治験は、PMDAウェブサイト上(https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0019.html ※本書提出日現在にて記載確認)にて、国内開発の最終段階である治験で終了後承認申請が見込まれる治験(「主たる治験」)として届け出ております。
投与システム
当社は開胸投与において心筋球を移植するための特殊な移植デバイスを開発しております。針の先端は盲端加工(先端部分は組織を傷つけないようにとがっていない、鍼灸の針と似た加工)されていて、心臓組織に張り巡らされた血管網を切断せず、針を刺す事での損傷を最小限に抑えて心筋内に到達することが可能で、かつ通常の注射針で見られるような出血は起きません。また、超微細加工により心筋球の大きさに合わせた側孔を6か所に設けており、心筋球がこぼれ出ることを最小限に抑えています。移植時に心臓組織に針が深く侵入し過ぎることを防ぐために、心臓の上に固定するガイドアダプターを使って、常に理想的な角度と深さで移植する手技を開発済みであり、術者の手技レベルに依存することなく安全かつ効果的な細胞移植を可能とするシステムを確立しております。このような移植術者の技術的な負担を軽減し、効率よく心筋球の移植を行うシステムの開発は、細胞移植後の治療効果の安定性と本療法の普及に重要な役割を持つと考えております。(図15)
(図15)心筋球と移植デバイス
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治験デザイン
虚血性心疾患を原疾患とする患者さんを対象とした第Ⅰ/Ⅱ相治験(LAPiS試験)は、安全性の確認及び有効性の推定を得ることを目的とした治験であり、標準療法である急性・慢性心不全診療ガイドライン薬も既に服用している上で経過が思わしくない患者さんが組み入れられております。低用量5例(細胞含有量5,000万個、1回投与)、高用量5例(細胞含有量1.5億個、1回投与)合わせて計10例を対象とし、2025年1月末に全10例の投与が完了しました。2025年12月末時点におきまして、低用量5例の52週にくわえ、高用量5例の26週のフォローアップ結果を取得し会社発表をしております。主要評価項目は26週の安全性ですが、治験後の承認申請の為に、副次評価項目にて、有効性に関する複数の評価指標を設定しております。免疫抑制剤は、心筋球投与直後は合計3剤を心臓移植用量より低い用量で服用開始し徐々に減少させ、26週経過以降は1剤のみを非常に低い用量で継続します。(図16)
(図16)LAPiS試験概要
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「心筋の生着」(心筋壁運動、生存心筋量、血流量を確認し、投与前にはなかった心筋が生着し、拍動に機能しているかどうか)、及び「リバースリモデリング(※11)」(左室拡張末期容積(LVEDV)を計測し、心筋補填による構造的な変化・改善を確認する)を有効性の確認のための評価項目としており、標準治療を進める中で心不全が悪化していく患者さんでは通常みられない、心臓の構造的な変化・改善が確認できる評価項目にしております。(図17)
(図17)Mechanism of Actionの証明:評価項目の設定の意図
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※:The Kansas City Cardiomyopathy Questionnaire
LAPiS試験の途中経過
当治験における症例報告が、第73回日本心臓病学会(2025年9月)や第29回日本心不全学会学術集会(2025年10月)などを通じて治験施設より発表されております。また、それらの内容を総括するかたちで、米国心臓協会学術集会2025(2025年11月)などの国際学会において、低用量群の52週および高用量群の26週データについて会社発表をしております。概要は下記のとおりです。(図18、図19)
(a).有効性の示唆について
(図18)低用量群52週データ
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低用量群の患者背景については、左室駆出率(LVEF)(※10)の移植前における全5例の平均は約25%であるほか、全例でNYHA機能分類はIII、また心不全マーカーであるNT-proBNP値も高いなど、他の治療選択肢を考えづらい重症な心不全患者さんが組み入れられました。52週後の結果において、心筋の動きが改善したにもかかわらず、僧帽弁閉鎖不全症と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受けた2例目を除き、いずれの指標も著しい改善あるいは軽度の改善を示しております。指標別では、NT-proBNP値が非常に高かった症例でも大きく減少しているとともに、5例中3例において日常生活では症状がないNYHA機能分類Iにまで改善しております。
(図19)高用量群26週データ
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高用量群の患者背景についても、左室駆出率(LVEF)の移植前における全5例の平均が20%台前半であり、重症な心不全患者さんが組み入れられました。26週後の結果において、症状の著しい改善を受けて、移植後3カ月以降に活動量を急激に上げたことによる影響を受けた(第73回日本心臓病学会における治験施設医師による学会報告より)8例目を除き、いずれの指標も著しい改善あるいは軽度の改善を示しております。指標別では、左室駆出率(LVEF)が全例で改善したほか、5例中4例で日常生活では症状がないNYHA機能分類Iになり、同じく5例中4例で6分間歩行も高齢日本人の平均的な500メートルを超えており、健常者に近い生活レベルを取り戻されております。
(b).安全性について
低用量群(52週後)と高用量群(26週後)ともに、腫瘍形成、難治性心室性不整脈、治験継続に支障のある重篤な有害事象、いずれも観察されておりません。また、術前に心不全により頻回に入院を繰り返していた患者さんを含め、術後の再入院が必要となったのは、全10例中、僧帽弁閉鎖不全症と新型コロナウイルス感染症の影響を受けた2例目のみであります。
(c).細胞の生着に関する解析について
心筋球の生着を確認する画像的評価にくわえ、左室壁における部位毎の収縮力の改善確認や収縮強度や構造的変化など、移植後心筋球の生着及び生着に伴う収縮力改善結果に関して、付随的な分析が実施されております。これらの現在確認できている成果を踏まえると、心筋球移植部位での収縮力の改善がみられていることが判明しております。(図20、図21、図22)
(図20)本治験2例目における施設PET検査解析結果
PET画像診断を用いて、術前には心筋の生存が見られなかった部位において、心筋球移植後に心筋の生存が確認されました。これはCABGでは起きえない変化であり、移植心筋の生着が示唆されました。
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(図21)左室壁における部位毎の収縮力の改善確認
部位毎の収縮力の改善有無をMRI検査および心エコー検査で確認したところ、再生心筋細胞を移植した部位において、冠動脈バイパス術の有無に拘わらず、局所的な収縮の改善が確認されたことにくわえ、心筋梗塞などにより心筋壁が薄くなった部位における収縮の改善が確認されました。(図21上:黄色系色から青系色へ変化した部位)
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(図22)本治験3例目における収縮強度や構造的変化の確認
MRIストレイン解析を用いて、拡大した心臓の縮小にくわえ、ポンプ機能の改善が確認されました。術
後6ヶ月において、心筋球移植部位周辺における「強い収縮」を示す赤い表示が確認できます。
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b.HS-005(他家iPS細胞由来心筋球のカテーテル投与による治療プログラム)
カテーテルを用いることで、患者さんの負担がより少ない簡便な方法で他家iPS細胞由来心筋球を移植することを目指し、HS-005を開発しております。より広い患者層が対象となること、また、循環器内科医によって施術可能であり心臓血管外科医がいない医療機関でも治療を行えることが期待できます。HS-001で他家iPS細胞由来心筋球の効果を実証した上で、この低侵襲な投与法であるHS-005を、HS-001の次世代品として今後グローバルに展開することを検討しております。
HS-005は大動物を用いた非臨床試験において、狙った心臓内の領域へ心筋球を後述の新規開発カテーテルを用いて安全に投与できること、また万が一、左心室腔内で心筋球が散布した際も術中・術後に異常な臨床症状が認められないことなどを確認した上で、 第Ⅰ/Ⅱ相治験(EMERALD 試験)の治験届をPMDAへ提出しました。2025年12月末現在、PMDAによる治験届の30日調査が完了しており、国内での治験開始が正式に可能となった状態です。
投与カテーテルシステムについて
当社のリードパイプラインであるHS-001は、開胸手術下において医師の目視により心臓の外側から心筋層内へ心筋球を投与する一方、HS-005はカテーテルを用いて心臓の内側から投与するため、目視できない心臓内部において標的とする心筋層へ心筋球を安全かつ正確に投与する高度な技術が不可欠となります。
そこで、当社は心臓循環器領域における有力な医療機器メーカーである日本ライフライン株式会社と共同で、iPS細胞由来心筋球向け投与カテーテルシステムを開発しました。同社は不整脈診断カテーテルにおいて国内トップシェアを有し、心臓向け細胞投与カテーテルの開発実績を持つ国内唯一の企業です。
HS-005で使用するカテーテルシステムは、マッピングカテーテルと投与カテーテルの2種類から構成されており、心筋球を標的部位へ正確に投与することを目的とした機構を備えています。(図23)
・マッピングカテーテル
マッピングカテーテルは、先端部に配置された複数の電極の位置を3Dマッピングシステムに反映させることで、左心室内部の形状を立体的に構築しモニター表示するとともに、カテーテルの位置情報を得ることができ、標的とする部位への到達に貢献します 。
・投与カテーテル
投与カテーテルの先端には専用針が備えられており、その側孔より細胞が吐出されます。また、細胞吐出部の手前に組み込まれている電極により、その先が心筋層に到達したことを心電図変化によって確認できる構造となっており、適切な深さでの穿刺に貢献します。
(図23)マッピングカテーテルと投与カテーテル
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なお本術式は、循環器内科において不整脈に対するカテーテルアブレーション治療の経験を有する医師が中心となって実施することを想定しています。これらの医師は左心室へのカテーテル誘導やマッピング操作に既に習熟していることから、HS-005における医師へのトレーニング負荷は大きくないと考えています。
治験デザイン
虚血性心疾患および拡張型心筋症を原疾患とする心不全患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相治験(EMERALD試験)は、安全性の確認と有効性の推定を得ることを目的とした治験であり、標準療法である急性・慢性心不全診療ガイドライン薬も既に服用している上で経過が思わしくない患者さんが組み入れられる予定です。両疾患群それぞれ7例、合計14例を対象に、高用量(細胞含有量1.5億個)を最大15箇所に分割して投与する計画です。主要評価項目は26週の安全性ですが、治験後の承認申請の為に、副次評価項目にて、有効性に関する複数の評価指標を設定しております。免疫抑制剤は、心筋球投与直後は合計3剤を心臓移植用量より低い用量で服用開始し徐々に減少させ、26週経過以降は1剤のみを非常に低い用量で継続します。
c.HS-040(自家iPS細胞由来心筋球)
HS-040は、患者さん自身の細胞からiPS細胞を樹立し、そこから心筋細胞への分化・純化を進めた自家iPS細胞由来心筋細胞を活用した治療法を開発しております。開発ステージとしては基礎研究段階であります。免疫抑制剤を必須とする上記「a」「b」の治療法とは異なり、本治療法では、患者さん自身の細胞を活用するため免疫拒絶の懸念が無いと考えられます。特に、常に感染のリスクにさらされているLVAD移植を行うケースもしくは乳がんなどへの抗がん剤治療後に心不全を発症するケースや、免疫抑制剤の活用を出来るだけ避けたいと考えられる小児心不全への適用が期待されます。
当開発品が国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業 (再生・細胞医療・遺伝子治療産業化促進事業)」に採択されたことを2023年9月に発表しております。
加えて、アイ・ピース㈱(I Peace)と共同で、I Peaceが作製した複数のドナー由来のiPS細胞株に対して、Heartseed独自の心筋分化・純化精製方法を用いて分化誘導した結果、そのすべてのiPS細胞株から高純度の心筋細胞を安定して作製することに成功したことを2023年11月に発表しております。自家iPS細胞由来心筋細胞を活用した治療法の実現に向けて大きく前進しました。
当社及び開発パートナーはiPS細胞を用いた心筋再生医療の実現に向けて研究開発を進めておりますが、その過程で、心臓病以外にも適応可能な技術を生み出してまいりました。将来的には免疫拒絶の懸念がない、患者さん自身の細胞からiPS細胞を作製するオーダーメイド治療が期待されます。また、残存未分化iPS細胞を除去することは心臓病以外の治療法においても重要です。これらの技術はiPS細胞を用いた治療の可能性を心筋再生医療以外にも拡げるためのプラットフォーム技術として活用できる可能性があります。
d.高性能iPS細胞作製技術
上記「(2)②当社独自の技術」図8にてご説明のとおり、当社が現時点で開発を注力しているパイプラインは他家iPS細胞由来心筋球を活用した心不全の治療となっておりますが、原材料であるiPS細胞を患者さん自身の細胞から取得し心筋細胞へと分化・純化させることが出来れば、いわゆるオーダーメイドの再生心筋治療が可能になります。他方で、本治療実現の為には、心筋細胞へ効率よく分化誘導出来る良質なiPS細胞を高効率で樹立する技術が必要となります。
iPS細胞の樹立効率やiPS細胞を目的の細胞に分化させるための分化効率にはばらつきがあり、特に自家再生医療のように患者さん自身の血液などからiPS細胞を作製するプロセスが安定しないことが問題でした。通常の細胞をiPS細胞へとリプログラミングする際の初期化因子の導入時に品質改善剤(H1foo)を追加することでこの課題を解決しており、当社は本研究に関する知財を独占的に保有しております。細胞が多能性を持つための活性化プロセスにおいてリンカーと呼ばれる構造が遺伝子の転写活性の制御に深く関わっており、その中で哺乳類の卵母細胞(※12)特異的なリンカーであるヒストンH1fooが多能性を向上させることで、高品質なiPS細胞コロニーを樹立出来る確率が改善しただけでなく、作製したiPS細胞から心筋細胞への分化効率も上昇させました。本添加剤を活用することで、当社の主事業領域である心筋再生医療のオーダーメイド治療の実現だけでなく、iPS細胞由来の他臓器における再生医療でも応用ができると期待しております。(図24)
(図24)H1fooによるiPS細胞の樹立効率改善と心筋細胞への分化効率の安定化
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| (左図)Nanogと呼ばれる多能性遺伝子を高発現しているiPS細胞は質の良い細胞であることが知られている。3つの因子(Oct4、Sox2、Klf4)にH1fooを加えずに作製した場合、Nanogを発現する高品質iPS細胞コロニーの作製効率は50%程度だが、H1fooを加えると、90%以上にまで作製効率が上昇した。 (右図)通常のiPS細胞を心筋細胞に分化させる場合はかなりのばらつきがあり、また分化効率も最大でも80%程度に留まる。しかし、H1fooを添加すると、ばらつきを抑えられ、平均で80%以上と高効率で心筋細胞に分化誘導することができる。 |
当社は、設立母体の慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)内科と共同で、心筋細胞の作製時に残存する未分化iPS細胞や非心筋細胞を効率的に除去するために、細胞のタイプごとのエネルギー代謝の違いに着目し、培養液の成分を工夫することで目的外の細胞が死滅し、目的の細胞のみを得られる「メタボリックセレクション」を開発してまいりました。
心筋細胞の純化精製には、培地からグルコースとグルタミンという多くの細胞の生存に必須な栄養素を除去し、代わりに乳酸を添加した培地で培養することが効果的です。これはグルコースやグルタミンがなくても、乳酸を効果的に栄養源として利用できる心筋細胞の特殊な性質を利用しており、他の細胞に適応できるものでは必ずしもありません。
他方で、iPS細胞は分化した細胞と比較して脂肪酸合成を活発に行っており、脂肪酸合成阻害剤を添加することで、心筋細胞のみならず神経細胞や肝臓の細胞にもダメージを与えることなく、iPS細胞を選択的に除去出来ることが慶應義塾大学のグループより示されております。(図25)
(図25) 脂肪酸合成阻害剤によるiPS細胞の選択的除去
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(上段がコントロール、下段が脂肪酸合成阻害剤添加)
当社では、心筋再生医療以外の領域で当社のメタボリックセレクションに関する特許を使用する、もしくは使用を希望される企業に対して、ライセンスを進め、iPS細胞を用いた細胞治療の実用化に貢献してまいりたいと考えております。2023年9月にiPS細胞から心筋細胞以外の細胞を作製して治療薬を開発されている企業に脂肪酸合成阻害法を用いた純化精製技術のライセンスアウトを実施したことを発表しております。なお、当社は慶應義塾大学から本技術の再実施許諾権付独占的通常実施権の許諾を受けています。
| 用語 | 意味・内容 | |
| ※1 | iPS細胞 | iPS細胞とは、皮膚や血液等の細胞から人工的に作られた多能性の幹細胞のことで、全ての組織や器官を構成する細胞に分化でき、ほぼ無限に増殖することができます。ES細胞(胚性幹細胞)も多能性幹細胞ですが、生命の根源である胚細胞を滅失してしまうことから、倫理面での問題が強く指摘されています。2006年8月に京都大学の山中伸弥教授らは世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。 |
| ※2 | 心筋細胞 | 心臓を構成する複数の細胞のうち、心臓の拡張・収縮に寄与する細胞のことで、心房筋、心室筋(もしくは心室特異的心筋細胞)、洞房結節細胞(もしくはペースメーカー細胞)があります。 |
| ※3 | 他家 | 移植する細胞や組織が別の個体(ヒトであれば他人)に由来していることを指します。反対に移植する細胞や組織が同一個体(ヒトであれば患者さん自身)に由来していることを「自家」と呼びます。 |
| ※4 | 冠動脈バイパス手術(CABG) | 冠動脈バイパス手術(CABG)とは、手術で胸を開き、詰まった冠動脈の先に迂回路(バイパス)をつくる手術で、これにより狭心症や心筋梗塞の原因となる心臓の筋肉の血流不足の改善を目指します。当社が対象としている心不全患者だけでなく狭心症や心筋梗塞の患者にも実施され、国内では年間で約2万件弱の手術が実施されています。 |
| ※5 | パラクライン効果 | 分泌された物質が分泌した細胞の周囲の細胞や組織に作用することを指します。心筋再生療法の場合、移植された心筋細胞から産生されるサイトカインや増殖因子などを介して間接的に改善する効果のことです。 |
| ※6 | 生着 | 移植した心筋細胞が生着するとは、移植した心筋細胞が患者さんの心臓組織内の一部の構成細胞となって長期間とどまることを意味します。これまでの非臨床試験から、移植した細胞は2週間くらいで患者さんの心臓と同期して拍動するようになると考えられます(電気的結合)。 |
| ※7 | ヒト白血球抗原(HLA) | ヒト白血球抗原(HLA)とは、赤血球を除く、ほぼ体内のすべての細胞の表面に存在する特殊なタンパク質のグループです。人それぞれに構造の微妙な違いがあり、免疫システムが「自己」と「非自己」を区別するための目印として働いています。 |
| ※8 | ES細胞 | 多能性幹細胞の一種で、受精卵から発生が少し進んだ胚盤胞の中の細胞を取り出して培養することで作製される細胞のことです。 |
| ※9 | 残存未分化iPS細胞 | iPS細胞を分化誘導する過程で、一部分化せずに残るiPS細胞のことを指します。移植する細胞・組織に残存未分化iPS細胞が一定量以上含まれていると奇形種と呼ばれるガンの一種などの腫瘍を形成するリスクがあります。 |
| ※10 | 左室駆出率(%)(LVEF) | 左室駆出率(LVEF)とは、左室の心筋収縮力(ポンプ機能)を測定する代表的指標の1つです。心拍ごとに心臓が放出する血液量(駆出量)を拡張期の左心室容量で割って算出されます。 |
| ※11 | リバースリモデリング | 心不全により拡大した左心室が、小さくなり収縮機能が回復することです。 |
| ※12 | 卵母細胞 | 卵子の形成過程で生じる雌性生殖細胞の1つです。 |
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