有価証券報告書 抜粋 ドキュメント番号: S100QV1P (EDINETへの外部リンク)
㈱ティムス 事業の内容 (2023年2月期)
当社は、医薬品の研究・開発・製造・販売を事業目的とする「医薬品開発事業」の単一セグメントであるため、セグメント別の情報は記載を省略しております。
(1)技術の特徴
当社は、アカデミア等の研究機関等の研究開発成果を基盤とした医薬品候補物質の研究開発を行い、グローバルの医薬品市場に展開することを主要な事業内容とした、創薬型バイオベンチャー企業です。
当社の現在のパイプラインは、ヒトが体内に有する酵素の一つである可溶性エポキシドハイドロラーゼ(sEH)*を標的とした医薬品候補物質により構成されています。sEHを阻害することで「抗炎症作用」が得られることが分かっており、当社では様々な炎症性疾患を対象としてsEH阻害剤の開発を進めています。
当社のリードパイプラインであるTMS-007は、sEH阻害による「抗炎症作用」に加えて、プラスミノーゲン*に作用することによる「血栓溶解作用」も有しており、急性期脳梗塞を対象とした臨床開発が進められています。また、後続パイプラインのTMS-008は、様々な炎症性疾患を適応*として開発が進められており、現在、非臨床試験を実施中です。
① 可溶性エポキシドハイドロラーゼ(sEH)について
sEHは二つの作用を有すると考えられています。一つは、可溶性エポキシドハイドロラーゼという名称の由来となった、エポキシド構造*の化合物を加水分解*する作用です(EH活性)。具体的には、sEHは、生理活性脂質*エポキシエイコサトリエン酸(EETs:Epoxyeicosatrienoic Acid)*を、加水分解作用によりジヒドロキシエイコサトリエン酸(DHETs:Dihydroxyeicosatrienoic Acid)*に変換する役割を担っています。EETsは炎症を抑制する効果があることが知られています。このため、sEHを阻害することで、EETsからDHETsへの変換を防ぎ、EETsが減少せずに体内に留まります。これがsEH阻害剤の抗炎症作用のメカニズムの一つであると考えられています。
sEHのもう一つの作用は、脱リン酸化作用*です(Phos活性)。sEHの脱リン酸化作用の詳細についてはまだほとんど解明されていませんが、当社は東京農工大学等との共同研究を通じて解明に取り組んでおり、sEH阻害による抗炎症作用の中核を担う作用であることが分かってきています。
(可溶性エポキシドハイドロラーゼ(sEH)の作用機序*)
② SMTP化合物群について
当社のパイプラインTMS-007、TMS-008及びTMS-009は、SMTPと名付けられた化合物のファミリーに属しています。SMTPは、黒カビの一種であるスタキボトリス・ミクロスポラ(Stachybotrys Microspora)が産生する化合物(Staplabin)と、約60種類のその誘導体からなる化合物群です。SMTPの主な作用機序は、sEHの阻害作用に基づく抗炎症作用ですが、一部の化合物はプラスミノーゲンに作用することで血栓を溶解する効果も有しています。
(a) SMTPによるsEH阻害作用
SMTP化合物の多くは、sEHのEH活性とPhos活性の両方を阻害する作用を持っており、この作用により、強い抗炎症作用を生み出していると考えられています。
これまでに、TMS-007やTMS-008をはじめとしたSMTP化合物を様々な炎症性疾患のモデル動物*に投与する実験を行っていますが、多くの実験において抗炎症効果が確認されています。
例えば、ob/obモデルマウスと呼ばれる、肥満/メタボリック症候群を模したモデルでは、TMS-007とTMS-008の投与はコレステロールや中性脂肪といったマーカーを下げるだけではなく、肝臓の炎症を下げる効果が確認されました。また、潰瘍性大腸炎のモデルマウスでは、TMS-008の投与は症状を改善したのみならず、5-ASA(5-アミノアセチル酸、潰瘍性大腸炎の第一選択薬として広く使用されている)との比較においても優れた結果を示しました。
(ob/obモデルマウスにおけるSMTP化合物の肝炎抑制)
AST/ALT:どちらも肝臓に多く含まれる酵素。肝臓が障害を受けると血液中の値が上がることから、肝炎等の肝障害の程度を示す指標として用いられる。
Control:ob/obモデルマウス。ob/obモデルマウスは肥満モデルマウスの一種で、遺伝子変異により著しい肥満状態となる。メタボリック症候群のモデルとして多く用いられる。
TMS-007:Controlと同じ状態のマウスにTMS-007を投与したマウス。
TMS-008:Controlと同じ状態のマウスにTMS-008を投与したマウス。
(潰瘍性大腸炎モデルマウスにおけるTMS-008の薬理効果)
DAIスコア:潰瘍性大腸炎の重症度の指標。数値が大きいほど重症。
組織スコア:組織学的所見の指標。本試験では5段階の指標を用いており、数値が大きいほど重症。
Normal:通常状態のマウス
Control:人為的に潰瘍性大腸炎症状を起こしたマウス
TMS-008:Controlと同じ状態のマウスにTMS-008を投与したマウス
5-ASA:Controlと同じ状態のマウスに5-ASAを投与したマウス
(b) SMTPによる血栓溶解作用
生体における血栓溶解のメカニズムは精密に制御されていますが、主要なメカニズムは、血中に多く含まれているタンパク質プラスミノーゲンが、血栓の主要構成タンパク質であるフィブリン*と結合することにより組織型プラスミノーゲン・アクティベータ(t-PA)*を誘導し、t-PAがプラスミノーゲンの一部を切断することでプラスミン*に変化させ、このプラスミンがフィブリンを分解するというものです。
t-PAは、急性期脳梗塞の治療薬として米国FDA*に唯一承認されている化合物でもあります。遺伝子組換えにより作られたt-PAを体外から投与することにより、プラスミンを多く生成し、その結果血栓溶解を促進する効果をもたらします。一方で、t-PAを大量投与することにより、生体内の凝固線溶系のバランスが崩れ、血栓が存在しない場所でも出血を助長する副作用のリスクが指摘されています(Pendlebury et al. Ann. Neurol. 1991)。
これに対して、SMTP化合物が血栓溶解を促進する作用は、SMTPがプラスミノーゲンに結合してその立体構造を変化させ、プラスミノーゲンとフィブリンが結合しやすくすることで血栓溶解プロセスを迅速に発生させるという仕組みです。SMTP化合物を投与しても、血栓溶解に関わる種々のタンパク質等のバランスを崩すことがないことから、出血助長の副作用を惹き起こすリスクが低いと考えられています。
(SMTP化合物による血栓溶解作用機序)
(2)開発パイプライン
当社における現在のパイプラインは、臨床開発段階(前期第Ⅱ相臨床試験終了)にあるTMS-007と、前臨床段階にあるTMS-008の2化合物からなっています。また、TMS-008のバックアップ化合物としてTMS-009があります。このうち、TMS-008については、急性腎障害及びがん悪液質を対象として複数の臨床試験をそれぞれ実施する計画となっており、適応の種類としては、急性期脳梗塞、急性腎障害及びがん悪液質を適応症とする3本のパイプラインがあります。TMS-007、TMS-008及びTMS-009は全てSMTP化合物ファミリーに属しますが、今後はsEHをターゲットとしうるSMTP以外の化合物の研究開発も進めていきます。
1.Biogen によるClinicalTraials.gov*への登録(2023年3月10日)。
2.Biogenは、Ph2b臨床試験の開始を一時停止し、当該臨床試験を開始すべきかどうかを再評価すると発表しています
(Q1 2023 Biogen Earnings Presentation:2023年4月25日)。
3.Biogenからの無償使用許諾に基づき開発中のTMS-008及びTMS-009は、当社の開発権利が特定の適応症に限定されており
TMS-009はTMS-008のバックアップ化合物となる可能性があります。
① TMS-007(急性期脳梗塞)
脳梗塞は、世界で年間約763万人が発症し約329万人の死亡原因となっている、非常に重大な疾患です(World Stroke Organization:Global Stroke Fact Sheet 2022)。急性期脳梗塞は、血栓により脳血管が閉塞して脳への血液供給が滞ることで生じます。片麻痺、記憶障害、言語障害、読解力・理解力の低下、その他の合併症を引き起こし、脳の永久的な損傷に繋がる可能性があります。また、介護が必要になる原因としても上位であり、医療経済に対し極めて大きな影響をもたらしています。それにも関わらず、先進国で共通に承認されている医薬品は一品目のみであり、しかも脳梗塞患者全体の10%未満にしか投与されておらず、非常に大きなアンメット・メディカル・ニーズ*が存在しています(Intern Med 54: 171-177, Prehospital Delay and Stroke-related Symptoms)。TMS-007は、血栓溶解作用と抗炎症作用を併せ持つ新しい作用機序により急性期脳梗塞治療に大きな変化をもたらすことが期待されると当社は考えています。
当社は、2017年11月から2021年8月にかけてTMS-007の前期第Ⅱ相臨床試験を行いました。また、2018年6月にはバイオジェン社とオプション契約を締結し、2021年5月にバイオジェン社がオプション権を行使したことにより、今後のTMS-007の開発及び各国での承認取得はバイオジェン社が行うことになります。なお、バイオジェン社は、2023年4月25日の2023年第1四半期決算発表において、TMS-007(BIIB131)の後期第Ⅱ相臨床試験*の開始を一時停止し、当該臨床試験を開始すべきかどうかを再評価すると発表し(Q1 2023 Biogen Earnings Presentation)、2023年4月26日には、ClinicalTrials.govの登録情報が更新され、当該試験の予想開始時期は、2023年8月21日とされております。
(a) 急性期脳梗塞(AIS)市場について
脳梗塞を含む脳卒中は、世界の死亡原因第2位であり、成人の障害を惹き起こす主要な原因の一つとされています(Katan et al. Semin Neurol 2018;38:208–211)。全世界の脳卒中発症数は年間約1,222万人とされていますが、うち約763万人(約63%)が脳梗塞患者です。また、脳卒中による世界の死亡数は年間約655万人とされており、うち約329万人(約50%)が脳梗塞によるものです(World Stroke Organization:Global Stroke Fact Sheet 2022)。
米国では、脳卒中発症患者のうち約87%が脳梗塞患者とされており、2018年に約55.3万人が脳梗塞を発症したとの推計があります(Tsao et al. Heart Disease and Stroke Statistics 2022 e391、Datamonitor Healthcare “Stroke Epidemiology”, Published on 07 January 2019)。脳卒中は、米国の死亡原因として第5位であり、成人に障害をもたらす最大の要因であると考えられています(Centers for Disease Control and Prevention, “National Vital Statistics Reports volume 70”)。日本では、2018年に約23万人が脳梗塞を発症したとの推計があります(Datamonitor Healthcare ”Stroke Epidemiology”, Published on 07 January 2019)。
1.Datamonitor Healthcare.”Stroke Epidemiology”,Ref Code:DMKC0201444.Published on 07 January2019
2.欧州5ヵ国はドイツ、フランス、イタリア、スペイン、英国を指します
世界の急性期脳梗塞の患者数は増加することが予想されています。また、2021年における急性期脳梗塞の治療薬の売上高は21億ドル程度であり、市場は年々拡大することが予想されています(出典:Informa;Activase®とActilyse®の推計売上高を合計。統計資料や出版物の正確性には限界があるため、実際の市場規模は、推定値と異なる可能性があります。)。t-PAは脳梗塞患者全体の10%未満にしか使用されていないとされていること(Intern Med 54: 171-177, Prehospital Delay and Stroke-related Symptoms)から、t-PAの対象患者よりも多くの患者にTMS-007の投与が可能となった場合、市場規模はさらに拡大することが予想されます。
米国における脳卒中による生涯コストは一人当たり約14万ドルとする報告があり(Katan et al. Semin Neurol 2018;38:208–211)、年間約55.3万人が脳梗塞を発症することを考えると、毎年膨大な将来負担が発生していることとなります。
(b) TMS-007の優位性について
急性期脳梗塞の治療戦略としては、1)発症後できるだけ早く血流を再開すること、2)浮腫*や炎症を抑えること、の2つがあります。血流再開の目的では、医薬品としては既に各国で承認されているt-PAが代表的なものとなります。浮腫・炎症を抑える目的では、現在のところ先進各国で共通して承認された医薬品は存在しておらず、作用機序が異なる複数の医薬品が開発中ですが、後期臨床試験に入っている品目はごく少数となっています。
当社のTMS-007は、プラスミノーゲンを介した血栓溶解による血流再開と、sEH阻害を機序とした抗炎症の両方のメカニズムを併せ持っており、単剤で「血流再開」と「抗炎症」の両方の治療戦略に対応することが可能となっています。このように「血流再開」と「抗炎症」の効果を併せ持った化合物はほとんど知られておらず、他の薬剤及び薬剤候補物質に対する優位性があると考えられます。
(論文 M. Zaleska et al. (2009) Neuropharmacologyより改変)
また、t-PAは血栓溶解作用による血流再開を作用機序としていますが、頭蓋内出血を助長する副作用のリスクがあることが知られており、主にこの副作用のリスクを軽減するために、原則として発症後4.5時間以内に投与することが義務付けられています(豊田一則 臨床神経 49: 801―803, 2009)。
これに対して、TMS-007は臨床試験において副作用として米国国立衛生研究所脳卒中スケール(NIHSS)*4以上の悪化を伴う症候性頭蓋内出血は発現しておらず、また動物実験では逆に頭蓋内出血を抑えるとの結果が得られています(Ito et al. Brain Res 2014)。このため、TMS-007の投与可能時間は発症後4.5時間の枠を超えることが期待されています。実際、当社のTMS-007前期第Ⅱ相臨床試験では発症後12時間以内の被験者に対して投与を行っており、また、当社からTMS-007の開発を引き継いだバイオジェン社は、発症後24時間以内の時間帯における投与可能性について言及しています(Biogen Investor R&D Day, Sep 21, 2021)。
TMS-007は、その有効性と安全性により、t-PAよりも多くの患者に使用される可能性があります。t-PAを使用可能な時間帯に病院に到着した患者のうち、実際にt-PAを投与された患者は26%という報告があります(出典:Messe(2016), “Why are acute ischemic stroke patients not receiving IV t-PA”)。TMS-007は、その高い安全性により、発症後投与可能時間の中で最大75%の患者に使用される可能性があり、潜在的な市場規模はt-PA対比で大きくなる可能性があります(単純計算で約2.9倍)。また、t-PAは原則として発症後4.5時間以内に投与される必要がありますが、TMS-007の発症後投与可能時間が12時間又は24時間まで延長された場合、投与可能患者はt-PAの約1.6倍又は約1.9倍となる可能性があります。以上を総合すると、発症後12時間又は24時間経過した患者に対するTMS-007の使用可能性が発症後2時間以内の患者に対する使用可能性と変わらないと仮定すれば、TMS-007はt-PAと比較して潜在的な市場規模は4.6倍~5.5倍となる可能性があります。また、上記のような有効性と安全性が認められれば、t-PAよりも高い薬価が設定される可能性もあります。(上記情報には、現在入手可能な情報に基づく当社の判断による、将来に関する記述が含まれております。そのため、上記の情報は様々なリスクや不確実性に左右され、実際の開発状況はこれらの見通しと大きく異なる可能性があることをご承知おきください。)
(c) TMS-007の前期第Ⅱ相臨床試験の結果について
当社は、2017年11月から2021年8月にかけて、TMS-007の前期第Ⅱ相臨床試験を実施しました。当該試験は、単回投与・無作為化*・プラセボ*対照*・用量漸増*・二重盲検試験*として日本国内で実施されたもので、TMS-007投与群52例、プラセボ群38例の被験者が組み入れられました。また、TMS-007投与群のうち、1mg/kg投与群が6例、3mg/kg投与群が18例、6mg/kg投与群が28例でした。
主要な組入基準は、既存の血栓溶解薬又は血管内治療*の対象とならない、発症後12時間以内の急性期脳梗塞患者であり、TMS-007群では発症から投与までの平均経過時間(中央値)は9.5時間、プラセボ群では9.3時間でした。当試験の主要評価項目は安全性で、「米国国立衛生研究所脳卒中スケール(NIHSS)4以上の悪化を伴う症候性頭蓋内出血*の発症率」で評価されました。TMS-007群では該当する症例は報告されず(0例/52例)、プラセボ群では該当症例の発症率は2.6%でした(1例/38例)。また、軽症を含む全ての頭蓋内出血(Total ICH)の発生率はTMS-007群:11.5%(6/52例)、プラセボ群:13.2%(5/38例)でした。
さらに、TMS-007群は、副次評価項目の一つである発症後90日での生活自立度において大きな改善を示しました。生活自立度を評価する指標であるモディファイド・ランキン・スケール(mRS)*において、TMS-007群は40.4%の被験者が0又は1のスコアとなり、日常生活に支障のない範囲となったのに対し、プラセボ群では18.4%でした。この結果は、被験者総数90例という比較的小規模な治験であったにもかかわらず、統計的な有意差をもたらすこととなりました(P値*
(1)技術の特徴
当社は、アカデミア等の研究機関等の研究開発成果を基盤とした医薬品候補物質の研究開発を行い、グローバルの医薬品市場に展開することを主要な事業内容とした、創薬型バイオベンチャー企業です。
当社の現在のパイプラインは、ヒトが体内に有する酵素の一つである可溶性エポキシドハイドロラーゼ(sEH)*を標的とした医薬品候補物質により構成されています。sEHを阻害することで「抗炎症作用」が得られることが分かっており、当社では様々な炎症性疾患を対象としてsEH阻害剤の開発を進めています。
当社のリードパイプラインであるTMS-007は、sEH阻害による「抗炎症作用」に加えて、プラスミノーゲン*に作用することによる「血栓溶解作用」も有しており、急性期脳梗塞を対象とした臨床開発が進められています。また、後続パイプラインのTMS-008は、様々な炎症性疾患を適応*として開発が進められており、現在、非臨床試験を実施中です。
① 可溶性エポキシドハイドロラーゼ(sEH)について
sEHは二つの作用を有すると考えられています。一つは、可溶性エポキシドハイドロラーゼという名称の由来となった、エポキシド構造*の化合物を加水分解*する作用です(EH活性)。具体的には、sEHは、生理活性脂質*エポキシエイコサトリエン酸(EETs:Epoxyeicosatrienoic Acid)*を、加水分解作用によりジヒドロキシエイコサトリエン酸(DHETs:Dihydroxyeicosatrienoic Acid)*に変換する役割を担っています。EETsは炎症を抑制する効果があることが知られています。このため、sEHを阻害することで、EETsからDHETsへの変換を防ぎ、EETsが減少せずに体内に留まります。これがsEH阻害剤の抗炎症作用のメカニズムの一つであると考えられています。
sEHのもう一つの作用は、脱リン酸化作用*です(Phos活性)。sEHの脱リン酸化作用の詳細についてはまだほとんど解明されていませんが、当社は東京農工大学等との共同研究を通じて解明に取り組んでおり、sEH阻害による抗炎症作用の中核を担う作用であることが分かってきています。
(可溶性エポキシドハイドロラーゼ(sEH)の作用機序*)
② SMTP化合物群について
当社のパイプラインTMS-007、TMS-008及びTMS-009は、SMTPと名付けられた化合物のファミリーに属しています。SMTPは、黒カビの一種であるスタキボトリス・ミクロスポラ(Stachybotrys Microspora)が産生する化合物(Staplabin)と、約60種類のその誘導体からなる化合物群です。SMTPの主な作用機序は、sEHの阻害作用に基づく抗炎症作用ですが、一部の化合物はプラスミノーゲンに作用することで血栓を溶解する効果も有しています。
(a) SMTPによるsEH阻害作用
SMTP化合物の多くは、sEHのEH活性とPhos活性の両方を阻害する作用を持っており、この作用により、強い抗炎症作用を生み出していると考えられています。
これまでに、TMS-007やTMS-008をはじめとしたSMTP化合物を様々な炎症性疾患のモデル動物*に投与する実験を行っていますが、多くの実験において抗炎症効果が確認されています。
例えば、ob/obモデルマウスと呼ばれる、肥満/メタボリック症候群を模したモデルでは、TMS-007とTMS-008の投与はコレステロールや中性脂肪といったマーカーを下げるだけではなく、肝臓の炎症を下げる効果が確認されました。また、潰瘍性大腸炎のモデルマウスでは、TMS-008の投与は症状を改善したのみならず、5-ASA(5-アミノアセチル酸、潰瘍性大腸炎の第一選択薬として広く使用されている)との比較においても優れた結果を示しました。
(ob/obモデルマウスにおけるSMTP化合物の肝炎抑制)
AST/ALT:どちらも肝臓に多く含まれる酵素。肝臓が障害を受けると血液中の値が上がることから、肝炎等の肝障害の程度を示す指標として用いられる。
Control:ob/obモデルマウス。ob/obモデルマウスは肥満モデルマウスの一種で、遺伝子変異により著しい肥満状態となる。メタボリック症候群のモデルとして多く用いられる。
TMS-007:Controlと同じ状態のマウスにTMS-007を投与したマウス。
TMS-008:Controlと同じ状態のマウスにTMS-008を投与したマウス。
(潰瘍性大腸炎モデルマウスにおけるTMS-008の薬理効果)
DAIスコア:潰瘍性大腸炎の重症度の指標。数値が大きいほど重症。
組織スコア:組織学的所見の指標。本試験では5段階の指標を用いており、数値が大きいほど重症。
Normal:通常状態のマウス
Control:人為的に潰瘍性大腸炎症状を起こしたマウス
TMS-008:Controlと同じ状態のマウスにTMS-008を投与したマウス
5-ASA:Controlと同じ状態のマウスに5-ASAを投与したマウス
(b) SMTPによる血栓溶解作用
生体における血栓溶解のメカニズムは精密に制御されていますが、主要なメカニズムは、血中に多く含まれているタンパク質プラスミノーゲンが、血栓の主要構成タンパク質であるフィブリン*と結合することにより組織型プラスミノーゲン・アクティベータ(t-PA)*を誘導し、t-PAがプラスミノーゲンの一部を切断することでプラスミン*に変化させ、このプラスミンがフィブリンを分解するというものです。
t-PAは、急性期脳梗塞の治療薬として米国FDA*に唯一承認されている化合物でもあります。遺伝子組換えにより作られたt-PAを体外から投与することにより、プラスミンを多く生成し、その結果血栓溶解を促進する効果をもたらします。一方で、t-PAを大量投与することにより、生体内の凝固線溶系のバランスが崩れ、血栓が存在しない場所でも出血を助長する副作用のリスクが指摘されています(Pendlebury et al. Ann. Neurol. 1991)。
これに対して、SMTP化合物が血栓溶解を促進する作用は、SMTPがプラスミノーゲンに結合してその立体構造を変化させ、プラスミノーゲンとフィブリンが結合しやすくすることで血栓溶解プロセスを迅速に発生させるという仕組みです。SMTP化合物を投与しても、血栓溶解に関わる種々のタンパク質等のバランスを崩すことがないことから、出血助長の副作用を惹き起こすリスクが低いと考えられています。
(SMTP化合物による血栓溶解作用機序)
(2)開発パイプライン
当社における現在のパイプラインは、臨床開発段階(前期第Ⅱ相臨床試験終了)にあるTMS-007と、前臨床段階にあるTMS-008の2化合物からなっています。また、TMS-008のバックアップ化合物としてTMS-009があります。このうち、TMS-008については、急性腎障害及びがん悪液質を対象として複数の臨床試験をそれぞれ実施する計画となっており、適応の種類としては、急性期脳梗塞、急性腎障害及びがん悪液質を適応症とする3本のパイプラインがあります。TMS-007、TMS-008及びTMS-009は全てSMTP化合物ファミリーに属しますが、今後はsEHをターゲットとしうるSMTP以外の化合物の研究開発も進めていきます。
1.Biogen によるClinicalTraials.gov*への登録(2023年3月10日)。
2.Biogenは、Ph2b臨床試験の開始を一時停止し、当該臨床試験を開始すべきかどうかを再評価すると発表しています
(Q1 2023 Biogen Earnings Presentation:2023年4月25日)。
3.Biogenからの無償使用許諾に基づき開発中のTMS-008及びTMS-009は、当社の開発権利が特定の適応症に限定されており
TMS-009はTMS-008のバックアップ化合物となる可能性があります。
① TMS-007(急性期脳梗塞)
脳梗塞は、世界で年間約763万人が発症し約329万人の死亡原因となっている、非常に重大な疾患です(World Stroke Organization:Global Stroke Fact Sheet 2022)。急性期脳梗塞は、血栓により脳血管が閉塞して脳への血液供給が滞ることで生じます。片麻痺、記憶障害、言語障害、読解力・理解力の低下、その他の合併症を引き起こし、脳の永久的な損傷に繋がる可能性があります。また、介護が必要になる原因としても上位であり、医療経済に対し極めて大きな影響をもたらしています。それにも関わらず、先進国で共通に承認されている医薬品は一品目のみであり、しかも脳梗塞患者全体の10%未満にしか投与されておらず、非常に大きなアンメット・メディカル・ニーズ*が存在しています(Intern Med 54: 171-177, Prehospital Delay and Stroke-related Symptoms)。TMS-007は、血栓溶解作用と抗炎症作用を併せ持つ新しい作用機序により急性期脳梗塞治療に大きな変化をもたらすことが期待されると当社は考えています。
当社は、2017年11月から2021年8月にかけてTMS-007の前期第Ⅱ相臨床試験を行いました。また、2018年6月にはバイオジェン社とオプション契約を締結し、2021年5月にバイオジェン社がオプション権を行使したことにより、今後のTMS-007の開発及び各国での承認取得はバイオジェン社が行うことになります。なお、バイオジェン社は、2023年4月25日の2023年第1四半期決算発表において、TMS-007(BIIB131)の後期第Ⅱ相臨床試験*の開始を一時停止し、当該臨床試験を開始すべきかどうかを再評価すると発表し(Q1 2023 Biogen Earnings Presentation)、2023年4月26日には、ClinicalTrials.govの登録情報が更新され、当該試験の予想開始時期は、2023年8月21日とされております。
(a) 急性期脳梗塞(AIS)市場について
脳梗塞を含む脳卒中は、世界の死亡原因第2位であり、成人の障害を惹き起こす主要な原因の一つとされています(Katan et al. Semin Neurol 2018;38:208–211)。全世界の脳卒中発症数は年間約1,222万人とされていますが、うち約763万人(約63%)が脳梗塞患者です。また、脳卒中による世界の死亡数は年間約655万人とされており、うち約329万人(約50%)が脳梗塞によるものです(World Stroke Organization:Global Stroke Fact Sheet 2022)。
米国では、脳卒中発症患者のうち約87%が脳梗塞患者とされており、2018年に約55.3万人が脳梗塞を発症したとの推計があります(Tsao et al. Heart Disease and Stroke Statistics 2022 e391、Datamonitor Healthcare “Stroke Epidemiology”, Published on 07 January 2019)。脳卒中は、米国の死亡原因として第5位であり、成人に障害をもたらす最大の要因であると考えられています(Centers for Disease Control and Prevention, “National Vital Statistics Reports volume 70”)。日本では、2018年に約23万人が脳梗塞を発症したとの推計があります(Datamonitor Healthcare ”Stroke Epidemiology”, Published on 07 January 2019)。
1.Datamonitor Healthcare.”Stroke Epidemiology”,Ref Code:DMKC0201444.Published on 07 January2019
2.欧州5ヵ国はドイツ、フランス、イタリア、スペイン、英国を指します
世界の急性期脳梗塞の患者数は増加することが予想されています。また、2021年における急性期脳梗塞の治療薬の売上高は21億ドル程度であり、市場は年々拡大することが予想されています(出典:Informa;Activase®とActilyse®の推計売上高を合計。統計資料や出版物の正確性には限界があるため、実際の市場規模は、推定値と異なる可能性があります。)。t-PAは脳梗塞患者全体の10%未満にしか使用されていないとされていること(Intern Med 54: 171-177, Prehospital Delay and Stroke-related Symptoms)から、t-PAの対象患者よりも多くの患者にTMS-007の投与が可能となった場合、市場規模はさらに拡大することが予想されます。
米国における脳卒中による生涯コストは一人当たり約14万ドルとする報告があり(Katan et al. Semin Neurol 2018;38:208–211)、年間約55.3万人が脳梗塞を発症することを考えると、毎年膨大な将来負担が発生していることとなります。
(b) TMS-007の優位性について
急性期脳梗塞の治療戦略としては、1)発症後できるだけ早く血流を再開すること、2)浮腫*や炎症を抑えること、の2つがあります。血流再開の目的では、医薬品としては既に各国で承認されているt-PAが代表的なものとなります。浮腫・炎症を抑える目的では、現在のところ先進各国で共通して承認された医薬品は存在しておらず、作用機序が異なる複数の医薬品が開発中ですが、後期臨床試験に入っている品目はごく少数となっています。
当社のTMS-007は、プラスミノーゲンを介した血栓溶解による血流再開と、sEH阻害を機序とした抗炎症の両方のメカニズムを併せ持っており、単剤で「血流再開」と「抗炎症」の両方の治療戦略に対応することが可能となっています。このように「血流再開」と「抗炎症」の効果を併せ持った化合物はほとんど知られておらず、他の薬剤及び薬剤候補物質に対する優位性があると考えられます。
(論文 M. Zaleska et al. (2009) Neuropharmacologyより改変)
また、t-PAは血栓溶解作用による血流再開を作用機序としていますが、頭蓋内出血を助長する副作用のリスクがあることが知られており、主にこの副作用のリスクを軽減するために、原則として発症後4.5時間以内に投与することが義務付けられています(豊田一則 臨床神経 49: 801―803, 2009)。
これに対して、TMS-007は臨床試験において副作用として米国国立衛生研究所脳卒中スケール(NIHSS)*4以上の悪化を伴う症候性頭蓋内出血は発現しておらず、また動物実験では逆に頭蓋内出血を抑えるとの結果が得られています(Ito et al. Brain Res 2014)。このため、TMS-007の投与可能時間は発症後4.5時間の枠を超えることが期待されています。実際、当社のTMS-007前期第Ⅱ相臨床試験では発症後12時間以内の被験者に対して投与を行っており、また、当社からTMS-007の開発を引き継いだバイオジェン社は、発症後24時間以内の時間帯における投与可能性について言及しています(Biogen Investor R&D Day, Sep 21, 2021)。
TMS-007は、その有効性と安全性により、t-PAよりも多くの患者に使用される可能性があります。t-PAを使用可能な時間帯に病院に到着した患者のうち、実際にt-PAを投与された患者は26%という報告があります(出典:Messe(2016), “Why are acute ischemic stroke patients not receiving IV t-PA”)。TMS-007は、その高い安全性により、発症後投与可能時間の中で最大75%の患者に使用される可能性があり、潜在的な市場規模はt-PA対比で大きくなる可能性があります(単純計算で約2.9倍)。また、t-PAは原則として発症後4.5時間以内に投与される必要がありますが、TMS-007の発症後投与可能時間が12時間又は24時間まで延長された場合、投与可能患者はt-PAの約1.6倍又は約1.9倍となる可能性があります。以上を総合すると、発症後12時間又は24時間経過した患者に対するTMS-007の使用可能性が発症後2時間以内の患者に対する使用可能性と変わらないと仮定すれば、TMS-007はt-PAと比較して潜在的な市場規模は4.6倍~5.5倍となる可能性があります。また、上記のような有効性と安全性が認められれば、t-PAよりも高い薬価が設定される可能性もあります。(上記情報には、現在入手可能な情報に基づく当社の判断による、将来に関する記述が含まれております。そのため、上記の情報は様々なリスクや不確実性に左右され、実際の開発状況はこれらの見通しと大きく異なる可能性があることをご承知おきください。)
(c) TMS-007の前期第Ⅱ相臨床試験の結果について
当社は、2017年11月から2021年8月にかけて、TMS-007の前期第Ⅱ相臨床試験を実施しました。当該試験は、単回投与・無作為化*・プラセボ*対照*・用量漸増*・二重盲検試験*として日本国内で実施されたもので、TMS-007投与群52例、プラセボ群38例の被験者が組み入れられました。また、TMS-007投与群のうち、1mg/kg投与群が6例、3mg/kg投与群が18例、6mg/kg投与群が28例でした。
主要な組入基準は、既存の血栓溶解薬又は血管内治療*の対象とならない、発症後12時間以内の急性期脳梗塞患者であり、TMS-007群では発症から投与までの平均経過時間(中央値)は9.5時間、プラセボ群では9.3時間でした。当試験の主要評価項目は安全性で、「米国国立衛生研究所脳卒中スケール(NIHSS)4以上の悪化を伴う症候性頭蓋内出血*の発症率」で評価されました。TMS-007群では該当する症例は報告されず(0例/52例)、プラセボ群では該当症例の発症率は2.6%でした(1例/38例)。また、軽症を含む全ての頭蓋内出血(Total ICH)の発生率はTMS-007群:11.5%(6/52例)、プラセボ群:13.2%(5/38例)でした。
さらに、TMS-007群は、副次評価項目の一つである発症後90日での生活自立度において大きな改善を示しました。生活自立度を評価する指標であるモディファイド・ランキン・スケール(mRS)*において、TMS-007群は40.4%の被験者が0又は1のスコアとなり、日常生活に支障のない範囲となったのに対し、プラセボ群では18.4%でした。この結果は、被験者総数90例という比較的小規模な治験であったにもかかわらず、統計的な有意差をもたらすこととなりました(P値*
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