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有価証券報告書 抜粋 ドキュメント番号: S1002CU6

有価証券報告書抜粋 ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社 事業の内容 (2014年3月期)


沿革メニュー関係会社の状況


当社グループは、当社及び販売子会社Human Metabolome Technologies America, Inc.(以下「HMT-A」と言います。)の2社で構成され、「未来の子供たちのために、最先端のメタボローム解析技術を用いた研究開発により、人々の健康で豊かな暮らしに貢献する」ことを企業理念として、研究機関や企業のメタボローム解析試験受託及びバイオマーカー開発を主たる事業として展開する慶應義塾大学発のベンチャー企業です。当社グループは、設立母体である慶應義塾大学先端生命科学研究所及び本社所在地である山形県や鶴岡市等地方自治体と産官学連携のもとに事業を展開しております。





(1) メタボロームとバイオマーカー

人間をはじめとする生物は、筋肉や臓器、骨といった多様な機能を持つ器官から成り立ちますが、これらはアミノ酸や脂質、核酸などの代謝物質(メタボライト)を共通の構成因子としており、代謝物質は全ての生命活動において欠かせない役割を担っています。代謝物質は食事により供給され、運動など日々の活動の中で消費されます。その機能に応じて体内や細胞内を移動し、多くの化学反応によって新しい物質へと作り替えられていきます。このような化学反応のことを代謝(メタボリズム)と呼び、この物質変換は代謝経路という一定の規則により成り立っています。代謝の仕組みを理解することは、私たち自身をより深く知ることに繋がります。





(C)Kanehisa Laboratories

生物学の基本的な概念として、生命の設計図である遺伝子(DNA)の配列をmRNAが写し取り、その情報に従ってタンパク質を合成するという流れがあります。この流れを理解することが、疾患メカニズムの解明や医薬品の研究において重要です。しかし、これらの情報だけでは代謝の挙動、患者の症状、医薬品の効果等を説明するためには不足していると考えられます。代謝物質は、私たちのからだを形作る材料であり、また活動のためのエネルギーを生み出すものであるため、遺伝子から連なる情報の流れは、代謝物質まで見ることが重要であると考えられるようになりました。
全ての遺伝子像のことをゲノムといいますが、近年ではその振る舞いを把握するゲノミクスが盛んに利用されています。それでも解明出来ない疾患や医薬品の研究においては全てのタンパク質の振る舞いを理解するプロテオミクスなども利用が進んできています。そして全ての代謝物質を対象としたメタボローム、それを解析するメタボロミクス(メタボローム解析)が研究において盛んに利用され始めています。






メタボローム解析は幅広い分野で利用されていますが、以下のような分野で代謝を理解する手法として活用されています。

・大学などの研究機関における、疾患メカニズムの研究
・製薬企業における探索・薬理研究や毒性研究
・発酵を利用した物質生産を行っている企業における生産性の向上
・食品企業における成分分析や機能性の探索・確認

生命活動を営むためには、様々な機能を精緻に制御して”恒常性”(内的/外的な影響を最小限にし、一定に保つ仕組み)を維持するしくみが備わっています。体温や心拍数が一時的に変化しても元に戻ることが、恒常性の身近な例と言えます。しかし、病気に罹患することにより恒常性が破綻した場合、代謝物質などの構成要素にも影響が及び、健康の時とは異なる振る舞いを示すようになります。それがバイオマーカーです。バイオマーカーとして広く知られているものに、膵臓の機能指標となる血糖(糖尿病)や肝機能の指標となるγ-GPT(肝硬変など)、腫瘍マーカーとしてPSA(前立腺がん)やCA19-9(膵臓がんなど)などがあります。バイオマーカーとは、特定の疾患に対して客観的に評価できる生体上の指標をいいます。
バイオマーカーは、疾患の罹患をモニターすることを目的に古くから研究されてきましたが、より高感度で一度に多くの物質を分析できる新しい方法の出現により、新たなバイオマーカーの研究成果が相次いで発表されています。メタボローム解析技術により、探索が進んでいるバイオマーカーには、以下のようなものがあります。

・疾患の罹患を予測するバイオマーカー
・治療の予後を予測するバイオマーカー
・投薬による副作用を予測するバイオマーカー
・投薬の効果を予測するバイオマーカー


(2) 当社グループ設立の経緯

生物学、医学分野において、オミクス(注1)は生体の網羅的情報を得る手法として重要です。2001年慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授は、生体内の低分子代謝物質(メタボローム)(注2)の測定方法を開発しました。このメタボローム測定法はキャピラリー電気泳動装置(Capillary Electrophoresis)と質量分析計(Mass Spectrometer)を組み合わせて測定するもので、頭文字をとってCE-MS法と呼ばれています。本技術以前は、ガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography)と質量分析計の組み合わせによる方法(GC-MS法)や、液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography)と質量分析計を組み合わせた方法(LC-MS法)による方法が知られていました。しかし、これらの測定法は、多くの測定条件を用いるため、代謝物質全体を網羅的かつ効率的に測定することが困難でした(注3)。曽我教授の測定法は、生体内のイオン性代謝物質(注4)を、一斉に、かつ、網羅的に測定できる点で画期的な技術でした。メタボローム解析技術は、生物学基礎研究から医薬開発、疾病バイオマーカー(注5)開発等に用いられるため、本技術の社会的ニーズが見込まれました。
こうした技術の確立を背景に、当社グループは、CE-MS法の開発者である曽我朋義教授、冨田勝教授、慶應義塾大学等が中心となり、2003年7月に設立されました。当社グループは、慶應義塾大学のアントレプレナー資金制度により出資を受けた慶應義塾大学発ベンチャー企業の第1号となりました。

(3) ビジネスモデル

当社グループは、収益基盤の柱として「メタボローム解析事業」、CE-MS法を国内外に普及させるための事業として「メタボロミクスキット事業」及び「人材派遣事業」、将来の成長事業として「バイオマーカー事業」を展開しています。当社グループの基本戦略は次のとおりであります。
メタボロミクスキット事業及び人材派遣事業により、当社グループ基盤技術であるCE-MS法を普及させながらメタボローム研究関連市場の拡大を図ります。同時に、メタボローム解析事業の国内外への展開により収益基盤を確保します。これら3事業から得られた利益を将来の成長事業であるバイオマーカー事業の研究開発に投資し、ここで得られた知的財産を、医薬品開発及び疾病診断分野にて実用化することにより、中長期における成長を図ります。






(4) 当社グループの技術と事業の特徴

①CE-MS法によるメタボローム解析技術
当社グループの基盤技術は、慶應義塾大学先端生命科学研究所で開発されたCE-MS法を用いたメタボローム解析技術です。近年の生物学、医学では、ゲノム情報を基盤として研究が展開され、さらにその下流に位置する遺伝子発現状態やタンパク質レベルを知るためにオミクス技術が発展してきました。さらに、タンパク質の働きによって変化する代謝物質レベルは、細胞や個体の状態(皮膚の色や病気の症状など)をより直接的に説明すると考えられ、代謝物質の網羅解析であるメタボローム解析がさかんに研究に取り入れられるようになっております。
CE-MS法によるメタボローム解析では、キャピラリー電気泳動装置(CE)と質量分析計(MS)間を、直径50ミクロン、長さ約80センチメートルの微細なガラス管(キャピラリー)でつなぎます。測定する生体試料をキャピラリーに注入し、両端に30キロボルトの高電圧を加えると、陽イオン性代謝物質は陰極方向に、陰イオン性代謝物質は陽極方向に移動します。






物質により、移動速度が異なるため代謝物質が分離されます(注6)。次いで、キャピラリー出口に接続されたMSにより、移動してきた各代謝物質をその固有の分子量ごとに検出します。また、質量分析計も用途によって使い分けることがあり、バイオマーカー探索など、多くの代謝物質を対象とする網羅性が高い解析には飛行時間型質量分析計(TOFMS)を、特定の代謝物質に絞った高感度解析には三連四重極型質量分析計(QqQMS)を使用します。
以上のように、キャピラリ電気泳動装置と質量分析計を接続したCE-MS法を用いたメタボローム解析では、従来の測定法よりも高い分離能(注7)を実現し、正確なメタボローム測定が可能になります。



②CE-MS法によるメタボローム解析の代謝物質網羅性
代謝物質には、水への溶解性やイオン性(電荷)など、様々な特性があり、それらを考慮して使用する分析法を選択する必要があります。当社は、CE-MS法に加えLC-MS法を加え2種類のプラットフォームを組み合わせることにより、測定可能代謝物質の拡充に努めております。は、メタボロミクス分野でよく用いられる分析手法とその測定対象物質をまとめて示しております。

(当社作成)



一般に、ヒト、動物、微生物等の細胞の大部分は水分で構成されており、そのため生体内に存在する代謝物質は水溶性の代謝物質が多いと言われています。例えば、大腸菌において存在が知られている主要な代謝物質を、水溶性の代謝物質と非水溶性の代謝物質に分類すると、アミノ酸などの陽イオン性代謝物質(22%)、乳酸などの陰イオン性代謝物質(45%)、DNAや遺伝情報の核酸類(19%)、脂質などの中性物質(14%)という割合になり、実に約86%もの代謝物質が、CE-MSの測定対象となります。CE-MSは、生体内の代謝物質を網羅的、かつ定量的に分析するメタボローム解析技術として、従来技術と比較して優れた方法であると考えられます。

(当社作成)


(5) 事業内容

①メタボローム解析事業
本事業では、主に製薬や食品等の民間企業、大学や公的研究機関からメタボローム解析試験を受託しております。顧客は、解析する試料を当社へ送付し、試料から代謝物質の抽出、CE-MS等による一斉分析、メタボローム解析のうえ、試験結果を報告書として納品します。当社グループのメタボローム解析サービスで得られた代謝物質データは、製薬企業や大学、研究所では基礎生物学研究から薬剤効果及び毒性の評価等、食品企業では発酵プロセスの律速段階解析や機能性食品の機能評価等に用いられ、顧客の研究開発進展に貢献しております。

1)当社グループのメタボローム解析受託サービス
当社グループでは顧客の試験目的に合わせて、各種解析プランを提供しております。当社グループの受託解析プランはに示すとおりであります。主力の「ベーシック・スキャン」に代表される網羅的な解析サービスに加え、より正確に代謝を理解するために後記「C-SCOPE」のように標的代謝物質を絞った解析サービスの提供も進めております。






2)海外市場への展開
当社は、メタボローム解析受託サービスをアジアにて展開するため、2011年6月に、韓国Young In Frontier Co.,Ltd.と、韓国内におけるメタボローム解析サービス及び後記メタボロミクスキットの独占的販売権供与契約を締結しました。また、北米市場への展開のため、2012年10月には、医学研究の集積地ともいえるアメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジ市に、販売子会社HMT-Aを設立し、がん研究向け解析サービスC-SCOPEを主力商品として販売活動を展開しております。販売促進活動の一環として、有力大学のがん研究者に当該サービスを無償もしくは安価で提供し、技術的な評価を頂くことで、北米市場での価値向上と市場への早期浸透を図っております。

3)新商品C-SCOPE
当社グループでは、2012年8月に、がん研究向け解析サービスであるC-SCOPEの販売を開始しました。C-SCOPEは、がん細胞において変化している特定の代謝物質(ターゲット)を、より高感度、より精密に測定したいというニーズに対応しております。当サービスは、独自に開発したがん細胞からの効率的代謝物質抽出法及びキャピラリー電気泳動-三連四重極質量分析計(CE-QqQMS)による高感度分析法(特許出願中)を技術基盤としております。C-SCOPEは、エネルギー代謝(注8)物質を中心とした116代謝物質の高感度分析と細胞内の機能変化を俯瞰的に把握するための代謝パラメーター(注9)を提供します。代謝パラメーターは機能の把握のみならず、過去の論文や成果との統合した理解を実現し、顧客の研究を加速させます。


4)メタボローム解析の例:抗がん剤候補物質の作用メカニズムの解明
がんは1981年より国内死因の第1位であり近年総死因の約3割を占めています。厚生労働省によるがん研究費は年々増加の一途をたどり2012年には357億円が費やされ、有効な新規抗がん剤の開発は多くの製薬企業にとっても急務です。がん細胞が正常細胞に比べて数倍から数十倍のブドウ糖を消費する「ワーバーグ効果」と呼ばれる現象は、80年以上も前に提唱されましたが、代謝物質の網羅的測定法が無かったことから研究が滞っていました。メタボローム解析技術の劇的な進歩に伴い、近年がんの代謝を標的とした抗がん剤の開発が行われています。例えば、新規の抗がん剤候補物質を投与した培養細胞(in vitro実験)や実験動物(in vivo実験)の組織・体液のメタボローム解析を行うことで、その薬剤の作用点(注10)と生体に与える代謝的な影響をより網羅的かつ効率的に解明できるようになりました。
また、そうした培養細胞や動物組織・体液の経時変化を調べることで、薬剤の作用点の予測だけでなく、それに続いて引き起こされる代謝応答、特定の代謝物質の顕著な増加や枯渇により生じる副作用についても予測することができます。これにより、顕著な毒性を示す候補薬剤を創薬過程のできるだけ早い段階で簡便に選び出し、新薬開発のコストを劇的に下げられるメリットもあります。
さらに、薬剤を投与した細胞の培養液中、実験動物の血液や尿、あるいは臨床検体のメタボローム解析を行い、薬剤に対して感受性を示す個体群と耐性を示す個体群を比較することで、薬剤感受性マーカーとして機能する代謝物質や、副作用マーカーを探索することも可能です。従って、CE-MS法によるメタボローム解析は、がん生物学的な基礎研究から抗がん剤開発における臨床応用まで、それぞれの段階で活用できる有用な解析手法の一つと考えられています。






②バイオマーカー事業
血液などに含まれる代謝物質バイオマーカーは、疾患の早期診断や治療効果をモニタリングするための診断薬開発のシーズとなります。当社は、バイオマーカー事業を将来の成長事業と位置づけ、大学や診断薬企業との共同研究開発を通じて、メタボローム解析技術を用いたバイオマーカー探索及び臨床検査薬の研究開発を進めております。
当社では、以下のに示すとおり、客観的診断が難しい中枢神経系疾患(気分障害や精神障害等)(注11)、メタボリックシンドローム(MetS)(注12)等社会問題化している疾患とその関連疾患に焦点を当てております。現在バイオマーカー及び臨床検査薬の開発を進めている疾病は、大うつ病性障害(注13)、線維筋痛症(注14)、感染症関連脳症(注15)、糖尿病性腎症(注16)、及び非アルコール性肝炎(NASH)(注17)です。疾病バイオマーカーを探索する対象疾患の選定においては、国内外の臨床検査企業や製薬企業の研究者、開発担当者との情報交換を通して、社会が求める疾病診断法や新薬開発に関する情報を得て判断しております。


(当社作成)


(※)バイオマーカー探索ステージは、ボストン小児病院 Rifai氏等の見通し(Nat.Biotechnol. 24:971, 2006) によります。
各開発ステージの内容は、以下のとおりであります。
可能性試験:ヒト小規模試験及びモデル動物を用いた疾患バイオマーカー候補の探索。
開発試験:バイオマーカー候補の分子構造特定。
適正試験:ヒト中規模試験によるバイオマーカー候補の確認。
立証試験:複数疾患群との比較によるバイオマーカー候補の疾患特異性の把握。
確認試験:臨床への導入に向けた診断感度、安定性の確立。
臨床検査開発:実用的な臨床検査法の確立と大規模臨床試験への導入。

当社は、こうした研究開発を通じて得られたバイオマーカーの診断法を開発し、診断薬企業と協力して体外診断用医薬品として上市すること、また製薬企業が行う新薬や既存薬適応拡大を意図した臨床試験にその体外診断用医薬品を導入することで、研究開発に係る協力金や医薬品が上市された時の製品売上ロイヤリティを獲得します。

1)臨床診断薬の共同開発
当社グループのメタボローム解析法によるバイオマーカーの分析法は、高額で大掛かりな機器を用いるため、実際の臨床現場に導入することが困難です。そこで、臨床検査受託企業や病院の臨床検査室にて検査ができるよう、生化学検査装置(注18)等で測定できる診断薬の開発を進めています。当社は、バイオマーカー探索や診断薬開発の過程において、提携先の診断薬企業より研究開発協力金又は実用化協力金を受領し、さらに、体外診断用医薬品(注19)の上市後は、製造販売に係る製品売上ロイヤリティを受領します。また、検査法の基礎原理を構築する研究開発ステージから、製品開発を行う実用化ステージに移行する際や、体外診断用医薬品が上市される際には、マイルストン達成報奨金を受領します。以下の、に、バイオマーカーシーズの探索から診断薬の開発と上市までのフローと当社の収益の関係を示します。


(当社作成)



2)知的財産に関する方針
当社グループでは、知的財産権・契約担当者が、当社グループ及び共同研究機関の指定特許事務所の弁理士と密接に連携し、全てのプロジェクトの特許出願、審査請求業務を遂行する他、共同研究における契約の交渉及び契約書類の作成も担当しております。発見された疾病バイオマーカーの特許化については、当社知的財産権担当者と開発研究員、共同開発者、特許事務所が密接に連携し、最大限の権利を行使できるよう努めています。疾病バイオマーカーにより権利範囲が異なるため、当社グループでは、発見された疾病バイオマーカーの化学構造、患者における変動機構、臨床的意義を詳細に検討し、診断や創薬での利用法、検出法と測定機器、診断基準と診断アルゴリズムを広く網羅するように特許出願書類を作成しております。また、各国の臨床検査薬と検査機器企業、製薬企業に関する情報に基づいてライセンス契約先及び市場を想定し、特許協力条約に基づく国際出願(PCT出願)を行うことを原則としています。

3)バイオマーカー事業の例:大うつ病性障害バイオマーカー
大うつ病性障害は、ストレスに対する不適切な悲嘆的応答を示して抑うつ状態に陥り、ストレス源が除去された後もその状態が持続する状態を指します。その点で適応障害や一部の不安障害とは区別され、単純なストレス応答ではなく、脳機能の障害によると考えられています。東京大学川上憲人氏の総説をもとにした厚生労働省の見解(http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_depressive.html)では、世界の12ヶ月有病率は1~8%(日本は1~2%)、生涯有病率は3~16%(日本は3~7%)です。患者は抑うつ症状を示し、労働、学習意欲の著しい低下と希死念慮を抱きます。年間3万人を上回る自殺者の多くは大うつ病性障害を煩っており、いかにして患者を効率的に発見して早期に治療するかが重要です。大うつ病性障害患者の治療には、セロトニン特異的再取り込み阻害薬(SSRI)(注20)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)(注21)等が使われます。非薬物療法としては、認知行動療法(注22)や電気痙攣療法(注23)があります。


本疾病の診断は、米国精神医学会の診断基準(DSM-IV)や世界保健機構(WHO)の基準(ICD-10)に基づいて診断されます。どちらの手法も医師や患者の主観が反映されている可能性があり、他の身体疾患と異なり客観的な指標に基づく診断法が普及しておりません。
そこで、当社は、独立行政法人国立精神・神経医療研究センターとの共同研究により、大うつ病性障害の血液バイオマーカーを発見しました。可能性試験(注24)として、患者と健康者約30名ずつの血漿検体を収集し、CE-MS法を用いたメタボローム解析により成分の比較を行いました。その結果、538種類の代謝物質由来のシグナルを比較し、血漿中のエタノールアミンリン酸(EAP)濃度が、大うつ病性障害患者で有意に低下していることが分かりました。その後の解析により、EAPが精神疾患の中でも大うつ病性障害に特異的なバイオマーカーであることに加え、大うつ病性障害患者の治癒とともに健康基準値まで戻ることがわかりました。

(当社作成)


MDD:大うつ病性障害患者。
抑うつ度:ハミルトンの抑うつ尺度。7点以上で抑うつ症状があると判断される。
棒グラフは各被験者群の血中EAP平均値を示し、誤差(細い線)を併記した。

当社では、客観的で簡便な大うつ病性障害患者の診断補助や健康診断への導入のための、大うつ病性障害の血液診断薬を開発しております。開発は、診断薬企業との共同研究開発契約のもとで行っており、診断法の開発に成功した後は、当該診断薬企業に製造販売契約の優先交渉権を付与します。


本バイオマーカーは、これまでに提唱されている血液バイオマーカーとは異なり、中枢神経系に作用する興奮性物質の代謝産物と推測されます。よって、より鋭敏に気分の状態を反映するマーカーと言えます。大うつ病性障害の本質的な病因は解明されておらず、治療においては医師の経験に基づき、薬物療法、認知行動療法、電気痙攣療法等が行われております。また、多岐にわたる薬剤が開発されていますが、必ずしも即効性ではなく、病態や副作用の影響を考慮して、手探りに近い状態で投薬されております。本バイオマーカーによる診断薬は、治療を迅速かつ適切に行う指標となります。なお、本うつ病バイオマーカーに関しては、2013年9月に特許「うつ病のバイオマーカー、うつ病のバイオマーカーの測定法、コンピュータプログラム、及び記憶媒体」が日本で成立しております(特許第5372213号)。

4)疾病バイオマーカーシーズの発掘
バイオマーカーの探索においては、標的疾病の診断及び治療において第一線で活躍している医師及び研究者と、バイオマーカー探索への情熱を共有し、当社グループの技術に関する信頼関係を構築することが重要です。当社グループは、バイオマーカーシーズ発掘において以下の3つのコネクション機会を有し、バイオマーカー開発パイプラインの拡充に役立てております。

・受託解析もしくは共同開発顧客とのコネクション
当社グループは、大学医学部又は公的研究所等から、バイオマーカー探索関連試験も受託しております。また、試験実施の前後で当社グループに共同開発の提案を頂くことがあります。現在、このような共同開発により、糖尿病性腎症バイオマーカー開発を実施しております。

・当社グループから研究者(医師)に直接提案する場合
当社グループの研究員が、疾病バイオマーカー開発の研究計画を直接研究者や医師に提案することで、医師の承諾及び所属機関と共同研究契約を締結の上、試験を実施しております。対象疾病は患者数、当社グループ解析技術の特長、社会貢献度、バイオマーカーの必要性等から選択しております。このような例として、大うつ病性障害、NASH、繊維筋痛症のバイオマーカー開発を実施しております。

・当社のメタボロミクス先導研究助成制度
当社は、メタボローム解析の有用性を広く社会に利用して頂くため、また若手研究者の育成のために、大学院学生へのメタボローム解析助成制度(HMTメタボロミクス先導研究助成制度)を実施しています。世界各国の大学院生から募集した研究テーマから、優れた提案に対し、無償でメタボローム解析結果を提供して研究を支援しており、過去4年間に14名の大学院生が表彰されました。それらの研究成果には、バイオマーカー発見につながる研究も含まれ、本助成事業の研究成果をもとに当社と共同研究に発展した例もあります。このような例としては、感染症関連脳症バイオマーカー開発があります。


③メタボロミクスキット事業
当社は2006年5月より、アジレント・テクノロジー株式会社と共同で、企業、大学並びに公的研究機関向けにメタボロミクスキットの販売を開始しました。メタボロミクスキット事業では、アジレント・テクノロジー株式会社製のキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)システムに、当社が開発・製造したメタボローム解析用試薬キット、限外ろ過フィルター(注25)、サンプルの調製法や分析メソッド等のノウハウ、トレーニング、各種サポート等をパッケージ化し提供しています。これらの製品、サービスにより、メタボローム解析経験を持たない研究者でも解析環境を円滑に立ち上げることができるように支援します。製薬会社等では、試料の機密性、納期等の理由により、自社での解析と受託解析の両立を望む場合があります。メタボロミクスキットは、当社グループの受託解析にて同じ解析方法による結果を得られるため、受託と自社解析でのデータの一貫性を保てることは大きなメリットです。
メタボロミクスキットの構成は以下のとおりであります。


試薬キットメタボローム解析に必要な研究用試薬、限外ろ過フィルター、キャピラリー等の研究用消耗品です。
生体試料の調製法及び
分析メソッドノウハウ
メタボローム解析用のマニュアルにより、生体試料の調製法や分析メソッドのノウハウを提供します。具体的には、生体試料からのメタボローム抽出方法を提供します 。この方法は、植物、動物組織、血液、尿、培養細胞等のメタボローム解析対象試料に適用することが可能です。また、アジレント・テクノロジー株式会社製CE-TOFMSあるいは四重極/飛行時間型質量分析計(CE-(Q)TOFMSと表記します)システムでのメタボローム測定に最適な条件を提供します。
据付時動作確認アジレント・テクノロジー株式会社のエンジニアによるCE-(Q)TOFMSシステムの据付完了後、引き続き当社のエンジニアによる動作確認を実施します。
カスタマトレーニングCE-(Q)TOFMSシステムの据付時動作確認の終了後、メタボローム解析に必要な装置のオペレーション等について、当社のエンジニアが説明する、2日間のトレーニングコースを提供します。
カスタマサポートアジレント・テクノロジー株式会社製CE-(Q)TOFMSシステムを十分にご活用頂けるよう、当社とアジレント・テクノロジー株式会社が共同でサポートします。主に分析方法に関連するトラブル等については当社のエンジニアが担当します。納入後の1年間は保証期間として、無償でサポート(テレホンコンサルティング又はオンサイトサポート)を行います。なお、2年目以降の年間サポート契約も提供します 。



④人材派遣事業
当社は、CE-MSを普及させる視点から、2006年2月より特定労働者派遣事業の届出を行い、人材派遣事業を開始しました。本事業は、試薬キットやサポートの提供により顧客の研究開発活動を支援するメタボロミクスキット事業と併せて、人材面から顧客の研究活動を支援することを目的としております。当社は、現在技術員及び事務員を研究機関へ派遣しております。

(注1)オミクス(omics)とは、生体内に存在する遺伝子及びその発現、タンパク質、代謝物質等を網羅的に解析し、生体内の挙動を理解しようとする研究アプローチです。遺伝子(gene)ではゲノミクス(genomics)、遺伝子発現(transcript)ではトランスクリプトミクス(transcriptomics)、タンパク質(protein)ではプロテオミクス(proteomics)、代謝物質ではメタボロミクス(metabolomics)と表現します。

(注2)ヒトや動植物の生体内には、生命活動の維持に必要なATP(アデノシン三リン酸)等の高エネルギー物質や有機酸、アミノ酸等、数多くの代謝物質が存在し、酵素による代謝物質の変換が活発に行われています。メタボロームとは、これら生体由来の代謝物質の総称です。個々の代謝物質を指す場合には、メタボライト(英語)と言うこともあります。

(注3)従来の方法は、特定の物質を測定するために発達した手法です。そのため、生体内に存在する代謝物質全体を測定するには、網羅性に乏しいという問題がありました。これに対し、CE-MS法は、生体内に含まれる代謝物質は水溶性のイオン性代謝物質が多い点に着目し、多成分を一斉に測定することを目的に開発された手法です。元々キャピラリー電気泳動装置は多くの分子を測定する能力に定評がありましたが、さらに質量分析計を接続することにより、代謝物質の電荷を帯びる性質と、物質の分子量という2つの性質で分離、測定できるため、網羅性を向上させることに成功しました。

(注4)イオン性代謝物質とは、水溶液中で電荷を帯びる代謝物質を指します。例えば、食塩(NaCl)は水に溶けると、Na+(ナトリウムイオン)とCl-(塩化物イオン)に分かれます。イオン性代謝物質は、このように分子が分かれて電荷的な性質を持ち、CE-MS法は、こうしたイオン性代謝物質が電荷を帯びている性質を利用し、キャピラリー電気泳動装置で測定試料に含まれる代謝物質を分離します。

(注5)血液や尿等に含まれる物質で、疾患等による生体内の変化を定量的に評価するための指標を指します。糖尿病における血糖値、痛風における血液尿酸値等はバイオマーカーの一例です。

(注6)キャピラリー中を移動する代謝物質は、固有の移動時間を有しています。これは、各代謝物質が持つ分子の大きさや、電荷等の要因により移動速度が異なるためです。CE-MS法では、こうした代謝物質の移動時間の差に着目し、測定する試料に含まれる代謝物質を分離していきます。これにより、精度の高い測定が可能になります。

(注7)分離能とは、混在している成分を、単一の成分に分ける能力のことを言います。分離能が高ければ、生体内に存在する代謝物質を正確に測定することができます。

(注8)エネルギー代謝は、主要な代謝経路の1つです。生体内で代謝を行うためにはエネルギーが必要で、そのエネルギーの源であるATP等を合成するための代謝を言います。

(注9)代謝パラメータとは、複数の代謝物質の濃度を組み合わせて算出される数値を示し、細胞代謝の動的な傾向や生理状態を示し、得られたメタボロームデータのより合理的な解釈を可能にする指標です。C-SCOPEにて報告される30の代謝パラメータは、NADP/NADP+比や乳酸/ピルビン酸比(L/P比)等生化学や医学分野において古くからよく知られているパラメータや、当社にて独自に検討されたものが含まれます。

(注10)薬剤の作用点とは、薬剤がタンパク質との結合等を通して薬効をもたらす標的分子を指します。通常の医薬開発では、基礎研究の段階でこの標的分子を明確にする必要があります。

(注11)中枢神経系疾患とは、末梢神経系に対して神経細胞が集中している脳と脊髄の機能に関連した症状を持つ疾患を指します。精神疾患や脳症、脳炎のような脳機能障害、疼痛など広い疾患領域を含んでいます。

(注12)メタボリックシンドローム(MetS)は、代謝性症候群とも呼ばれ、代謝機能の異常により生じる内臓脂肪型肥満と高血糖、高血圧、脂質異常のうち2つ以上を合併した場合を指します。動脈硬化性疾患やその他の血管性疾患(腎症など)、臓器障害のリスクが高くなるため、予防が重要とされています。

(注13)大うつ病性障害は、精神障害の一つであり、睡眠障害、焦燥感、不安、食欲低下、抑うつ症状を特徴とします。アメリカ精神医学会や国際保険機構から診断基準が示されていますが、基本的に医師の面接による判断により診断されます。

(注14)線維筋痛症は、激しい全身疼痛を主訴とする原因不明の病気で、疼痛部位における炎症等の病変は見られず、不眠、抑うつ症状等を伴うこともあります。発症の原因やメカニズムは不明ですが、外傷、感染、ストレスが引き金になることが多く、中枢神経系(下行性痛覚抑制経路)の障害によるものと考えられています。日本では200万人の患者がいると推定されていますが、医師の間での認知度も低く、適切な治療を受けていない患者が多数を占めています。30から40代の女性に多く発症し、長期間にわたる激しい痛みのため、生活の質は著しく低下し、労務、学業に支障を来すだけでなく、日常生活を送ることも困難になります。

(注15)感染症関連脳症は、突発性発疹や流行性感冒等に罹患した小児がまれに発症し、感染及び発熱後数日で高度の神経障害、意識障害を起こす急性壊死性脳症です。発症者数は少数ですが、予後は悪く10%が死亡し、意識が回復しても半数は知能低下や運動麻痺等の後遺症があり、重症例では寝たきり状態となります。治療は輸液点滴を行い、脳浮腫が見られる場合は電解質静注、脳圧が高い場合は降圧剤を投与します。

(注16)糖尿病性腎症は、糖尿病を背景疾患とした細小血管障害です。高血糖による糸球体糖化や糸球体高血圧を原因として腎機能が障害を受け、腎症に進行します。糖尿病患者の尿中ミクロアルブミンをモニターし、陽性となった場合はACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬などの降圧剤による治療を行いますが、寛解率は低く、多くの患者がいずれ人工血液透析療法へ導入されます。現在、新規人工透析導入者の1位は糖尿病性腎症であり、医療経済的に大きな負担(約500万円/年/人)となっています。

(注17)非アルコール性肝炎(NASH)は、飲酒習慣のない成人において、肝臓の脂肪化(NAFLD)が起こり、肝硬変(NASH)を経て肝がんにまで進行する原因不明の病気です。脂肪化で安定する場合は単純性脂肪肝と呼ばれ、進行性でないためNAFLDとは区別されます。背景としては、糖尿病や脂質異常症等の生活習慣病や肥満が挙げられます。治療は、背景疾患の治療薬投与の他は、運動の習慣化による体重減少です。エコー等で発見することは可能ですが、確定診断にはバイオプシーによる病理診断が必須です。患者数は非常に多く、現時点における日本国内の患者数は100万人に上ると推測されています。

(注18)生化学検査装置は、生化学検査を行うための自動化された装置で、病院の臨床検査室や臨床検査受託企業で使用されています。生化学検査とは、血液や尿等の検体に含まれる化学物質の量を測定することで、健康状態を調べる検査を言います。

(注19)体外診断用医薬品とは、薬事法では「専ら疾病の診断に使用されることが目的とされている医薬品のうち、人又は動物の身体に直接使用されることのないものをいう」とされています。検査結果が医師の診断を補助できる点で、単なる研究用試薬とは区別されます。


(注20)セロトニン特異的再取り込み阻害薬(SSRI)は、神経伝達物質セロトニンの神経細胞内への再取り込みを阻害する抗うつ薬で、神経細胞の間隙に存在するセロトニンの量を増加させることで不安等を含むうつ病の症状を緩和します。

(注21)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)は、SSRIの効果に加えて、さらに神経伝達物質ノルアドレナリンの再取り込みも阻害する抗うつ薬です。

(注22)認知行動療法は、不適切な認識や偏った思考等を客観的によりよい方向へ修正するため、心理的な手法と学習理論に基づく手法を組み合わせて精神的苦痛や身体的症状を改善していく治療法です。

(注23)電気痙攣療法は、頭部にパルス波を通電することで、人為的に痙攣を誘発する治療法です。重度や難治性うつ病やその他の精神障害患者に適用されます。

(注24)可能性試験とは、小規模の臨床研究によるバイオマーカー候補の探索ステージを言います。

(注25)限外ろ過フィルターは、メタボローム解析を行う試料の計測前処理に用いる器具です。巨大分子であるDNAやタンパク質等を除去するフィルターで、代謝物質のみを試料から抽出するのに用いられます。

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