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有価証券報告書 抜粋 ドキュメント番号: S100TVVW (EDINETへの外部リンク)

有価証券報告書抜粋 クオリプス株式会社 事業の内容 (2024年3月期)


沿革メニュー関係会社の状況

当社は、ヒトiPS細胞由来の再生医療等製品の開発・商業化及び当社独自の設計コンセプトに基づくラボ一体型の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を利用した製造開発受託(CDMO)事業(以下「CDMO事業」)や培養上清事業を通じて、世界中のひとびとの健康と人生に貢献する新たな医療を作り出していくことを主たる事業目的としております。
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、iPS細胞から心筋細胞への分化誘導(※1)を経て、大量作製及びシート化等の独自技術を用いて作製するもので、現在の内科的治療では治癒しない重症心不全の治療を目的とした再生医療等製品です。また、当社の作製するヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、他の再生医療等製品(研究開発中の再生医療等製品を含む)と比べ、構成する細胞数が多いため、iPS細胞を大量にかつ同時に心筋細胞へ分化誘導することは高い難易度が要求されます。当社は、iPS細胞を大量の心筋細胞に分化誘導を行い、残存する未分化の細胞を検出限界以下のレベルまで高度に除去することにより、心筋細胞を高純度に精製するという技術を有しています。これらの細胞培養技術を活用して、ベンチャー企業等へのCDMO事業を行っております。これにより、ベンチャー企業としては独自性の高い事業構成を有しており、当社グループはヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの上市前にも関わらず売上を計上しております。
なお、当社グループの行う事業は、再生医療等製品事業の単一セグメントであるため、セグメント情報の記載を省略しております。

(1) 事業モデル
当社グループは、ヒトiPS細胞由来の再生医療等製品の開発・商業化並びに当社独自の設計コンセプトに基づくラボ一体型の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を利用したCDMO事業及び培養上清事業を主たる事業としております。
当社グループの主要な製品であるヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの事業モデルは、大学、大手製薬企業との共同研究を通じて得られた発明、ノウハウ等の成果物に対しては、当社が実施権の許諾を受け製造販売を行うというものです。具体的には、大阪大学から取得した再実施許諾権付の独占的実施権及び第一三共株式会社と当社の間で締結した共同研究開発契約から発生した成果物及び第一三共株式会社が保有しているシート化精製技術等を組合せ、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの製造・販売を行う事業です。
CDMO事業は、当社のヒトiPS細胞由来心筋細胞の培養技術、精製技術等で取得した経験を生かし、主としてベンチャー企業へのプロセス開発支援に加え、受託製造による細胞及び原材料としての各種細胞を提供するものです。
さらに、培養上清事業は、心筋細胞等の培養過程で生じる細胞培養上清液を有効活用することを目的とした新規事業であり、これを推進するため当連結会計年度においてクオリプスヘルスケアサイエンス株式会社を設立しました。

(2) 当社事業モデルの特徴
当社は、(ⅰ)大阪大学との共同研究開発により培った開発ノウハウ、(ⅱ)大手製薬企業、医療機器メーカー等との共同研究開発アライアンス、(ⅲ)高度な管理技術に基づく最先端の心筋細胞シート製造技術、(ⅳ)シーズから商用生産レベルまで一貫して開発した細胞培養技術ノウハウ、という4点を強みとしております。

(ⅰ) 大阪大学との共同研究開発により培った開発ノウハウ
当社は2017年の設立以来、大阪大学に最先端再生医療学共同研究講座を設置し、ヒトiPS細胞を用いた重症心不全治療の実用化を目的とした共同研究開発を実施しております。共同研究講座は、大学が企業等から資金や研究者を受け入れて研究組織を設置し、学内の常勤教員等と共同研究を行うというもので、より柔軟かつ迅速に研究を推進することが可能です。
大阪大学は日本有数の心臓移植手術実績を有しており、当社取締役 最高技術責任者であり同大学大学院医学系研究科において長年にわたり心臓血管外科領域で教授を務めた澤芳樹名誉教授は心臓手術数1,000件超、心臓移植数100例超、人工心臓手術数400例超の実績を有します。また基礎研究から臨床応用まで20年以上の実績と幅広いノウハウを保持し、骨格筋芽細胞(※2)シートの発明や開発実績があります。したがって、大阪大学の豊富な経験と確かな技術を基盤とすることでスムーズな応用研究及び臨床開発の推進が可能となります。


(ⅱ) 大手製薬企業、医療機器メーカー等との共同研究開発アライアンス
当社は、2017年9月に第一三共株式会社と共同研究開発契約を締結しております。
本共同研究開発の目的としては、大阪大学大学院医学系研究科において開発されたヒトiPS細胞由来心筋細胞の製造及びシート化技術と、第一三共株式会社の有するヒトiPS細胞由来心筋細胞の精製技術を融合した再生医療等製品を販売するため、a.心不全治療に用いる商業化可能なヒトiPS細胞由来心筋細胞の製造法及びシート化技術の確立、b.非臨床及び臨床試験の実施、c.本製品の製造販売承認の取得です。
また、朝日インテック株式会社との次世代の治療モダリティ(※3)の共同開発や、四国計測工業株式会社、佐竹マルチミクス株式会社、株式会社ニチリョー、フクシマガリレイ株式会社との自動大量培養・凍結装置等の共同開発及び横河電機株式会社との製造実行・ラボ情報管理システムの共同開発等を推進するとともに、海外展開を強力に進めるための原料段階から臨床開発に至るまでのアライアンス構築を積極的に推進しております。

(ⅲ) 高度な管理技術に基づく最先端の心筋細胞シート製造技術
当社は、大阪大学による医師主導治験(※4)用の細胞製造や将来的な商業用生産、CDMO事業、培養上清事業の拠点である、大阪府箕面市において研究施設を一体化した商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を設置し、2020年8月に稼働を開始しました。本施設は、同グレードの清浄度のクリーンブースを複数並列化する等の独自の設計コンセプトに基づく局所制御技術(※5)を活用することにより大幅なキャパシティ増加を実現した効率的かつ実効的な最先端の細胞培養加工施設(特許出願済み)であり、製造プロセス開発から商用製造まで一貫して対応可能なワンストップな施設となっております(図1、図2)。
既にCLiC-1において、大阪大学で実施中の重症心不全に対する医師主導治験のための治験用製品製造を行っております。CLiC-1は、製造販売承認後には商用製造を行う予定でありますが、CDMO事業や培養上清事業においても同時利用可能な細胞培養加工施設となっております。

図1 CLiC-1を活用した事業展開
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図2 当社の細胞培養加工施設(CLiC-1)
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(ⅳ) シーズから商用生産レベルまで一貫して開発した細胞培養技術ノウハウ
当社は、大阪大学との共同研究開発を通じて、ヒトiPS細胞由来の心筋細胞を用いた再生医療等製品の開発と商業化に不可欠な以下の技術を強みとして有しております。
なお、これらは大阪大学より独占的実施権を受けた特許権(「未分化細胞が除去された分化誘導細胞集団、その利用及びその製造方法」(特許第6938154号、権利者:大阪大学、存続期間満了日:2035年11月6日))及びノウハウ、並びに当社と大阪大学とで共有するノウハウ等として確保しております。特許及びノウハウの主な内容は以下のとおりです。

・ヒトiPS細胞の安定的な未分化継代培養
・ヒトiPS細胞の分化誘導、分化細胞作製(特に心筋細胞)
・ヒトiPS細胞由来心筋細胞の高純度精製と未分化細胞除去
・ヒトiPS細胞及び分化細胞の分析、特性評価解析法

当該技術は、当社が進めているヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの開発のみならず、他の細胞臓器を対象とした創薬の研究ツールとしても活用できると考えております。


(3) 当社技術の特徴
① iPS細胞について
iPS細胞は、英語では「induced pluripotent stem cells」と表記され、その頭文字をとって「iPS細胞」と呼ばれています。世界で初めてiPS細胞の作製に成功しノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授により名付けられ、日本語名では「人工多能性幹細胞」と呼ばれます。iPS細胞は、ヒトの体細胞に複数の多能性誘導因子を導入し培養することで作製することができ(図3)、ほぼ無限に増殖する能力を持つとともに、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力を有します。

図3 iPS細胞の作製の過程

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(出所:京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)iPS 細胞研究センター((現)iPS細胞研究所))(CiRA)発行 「幹細胞ハンドブック ̶ からだの再生を担う細胞たち」より当社作成)

② 研究開発の経緯
大阪大学大学院医学系研究科の澤芳樹名誉教授(当社取締役 最高技術責任者)らの研究グループは、京都大学の山中伸弥教授と2008年から共同研究を開始し、ヒトiPS細胞を用いた重症心疾患患者の治療法について研究開発を進めてきました。
その間、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いて、ブタの虚血性心疾患モデル動物の心機能を改善させることに成功し、ヒトiPS細胞由来心筋細胞のサイトカイン(※6)の解析、レシピエント心筋(※7)と電気的・機能的に結合して同期拍動すること等、心機能の改善に関するメカニズムの解析を進めてきました。
そして、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から提供される医療用ヒトiPS細胞ストックを用いて心筋細胞の製造方法を改良することにより、安全性の高い心筋細胞の大量作製及びそのシート化に成功しました。
現在は、患者に移植する治験の段階に移行しており、治験の内容、進捗状況等については、「(4)② a.PJ1 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心疾患(国内))、b.PJ2 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート(対象疾患:拡張型心疾患(国内))」をご参照ください。





③ ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートについて
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートとは、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞を主成分とした他家細胞(※8)治療薬であり、シート状に加工された心筋細胞を心臓に移植します。心臓移植又は補助人工心臓を装着する段階にまで悪化していない患者を対象とし、心機能の改善や心不全状態からの回復等の治療効果が期待されるものとなります。
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から提供されたヒトiPS細胞を心筋細胞に分化誘導した後、精製加工することで未分化iPS細胞を除去した上で凍結保存し、移植スケジュールに合わせて解凍及びシート化した上で病院に輸送し患者の心臓に直接貼付するものです
(図4)(直接、貼付することによる患者への効果は、④ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートのメカニズムをご参照ください。)。同シートが患者の心臓の血管新生を促進し、機能が低下した心臓の部位の回復に寄与することが期待されます。
薬剤等による内科的治療では回復が見込めない心臓病の患者への治療法は現在確立されていないため、時間の経過とともに症状が悪化し、最終的な治療手段として、補助人工心臓装置(VAD)(※9)の装着又は心臓移植に至ります。しかしながら、補助人工心臓装置はその耐久性や合併症の課題から長期使用には適さず、心臓移植については、日本では臓器提供者が慢性的に不足していることに加えて他人の臓器に対する免疫拒絶反応等の問題があることから、重症心不全患者に対する新しい治療技術の実用化が大いに期待されています。
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、こうした標準的な内科的治療では改善が見込めない患者に対して、補助人工心臓装置の装着又は心臓移植が必要な状態となるまでの進行を食い止めることを期待したものであり、従来の製品ではカバーできないアンメットメディカルニーズ(有効な治療方法がない疾患に対する医療ニーズ)に対応するものです(図5)。


図4 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの作製手順
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(出所:大阪大学提供資料をもとに当社作成)


図5 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの期待される効果(イメージ)
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(出所:当社作成資料)

④ ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートのメカニズム
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートによる治療効果は、心筋梗塞モデル動物への移植後の心機能改善により確認されており、その作用メカニズムは、これまでに実施されたin vitro(試験管内)実験及び大小動物を用いたin vivo(生体内)実験に基づく数多くの基礎的研究から、以下に示すものと現在のところ推定されています。

・移植されたヒトiPS細胞由来心筋細胞シートに特有の因子が産生されることにより、心筋梗塞を起こした部位の近傍からの血管新生を促進し、梗塞部位の修復に寄与していること(「パラクライン効果」)。
・心筋細胞を主構成体とする心筋細胞シートが、移植後に患者の心臓と機能的及び電気的に結合し、患者の心臓と同期して収縮弛緩することにより、力学的に患者の心臓の機能をサポートしていること。

これらにより、虚血等で休眠している心筋細胞に刺激を与え、活性化させることにより、心筋細胞の再生を目指すものです。


図6 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートのメカニズム
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(出所:当社作成資料)

上記の期待する効果を得るためには、移植後一定期間(約3か月)、患者の免疫拒絶を回避し、心筋細胞シート内の細胞を生存させる必要があるため、免疫抑制剤の投与による一時的な拒絶反応の抑制が必要になりますが、免疫抑制剤を漸減することで治療効果を確保し、短期間で免疫抑制剤の投与を終了する治療方法が大阪大学で開発されています。これにより、免疫抑制剤による腎臓障害等を最小限に抑え、移植後に残存する細胞に起因する腫瘍化リスクを低くすることが可能となり、また患者が生涯に渡って免疫抑制剤を投与される必要性がなくなり、近時の新型コロナウイルス感染症の大流行の様な状況下では大きな利点になると考えられます(免疫抑制剤を使用すると免疫機能が低下するため、感染及び感染による重症化リスクが高くなると考えられます)。


⑤ ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートが有するメリット・デメリット
a.ヒトiPS細胞という他家細胞を用いることのメリット・デメリット(図7)

(メリット)
・自家移植の場合には患者から細胞を採取するための外科的侵襲(※10)を伴いますが、他家移植の場合には細胞を採取する必要がなく、患者の負担がより小さくなります。
・自家移植は、患者自身の細胞を採取し、その細胞を細胞培養施設で培養して初めて移植することができるため 、採取から移植可能となるまでに時間を要します。一方、他家移植であるヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの場合は、健康なボランティアより事前に血液の提供を受け、細胞培養施設において再生医療用のiPS細胞を作製しストックされています。その後、心筋細胞への分化のし易さを確認し、対象疾患に対する有効性及び安全性の確認を厳重に済ませたiPS細胞だけを増やしてバンク化しておき、事前に細胞培養施設で心筋細胞を培養して保管しておくことで、移植スケジュールに応じて速やかにシートの製造を行い、医療機関や研究機関に迅速に製品を提供することができます。
・自家移植の場合、患者から細胞を採取するため、患者の年齢や容体によって細胞の状態が大きく異なり、必要な質で必要な数の細胞を得ることが困難な場合があります。一方で、他家細胞であるiPS細胞を用いることで、一定の品質で大量の細胞を治療に用いることができます。
・自家移植の場合、作製した細胞は患者本人にしか用いることができないため、その有効性や安全性の確立には多くの症例が必要で、多大な労力と時間が必要となります。一方、他家移植では、作製した細胞を多くの患者に使用することが可能であるため、比較して有効性と安全性の確立を進めやすいと言えます。
・総じて、他家移植とすることで、自家移植に比べて、広く多くの患者を対象にすることができ、まとめて輸送出来るメリットを活かして国内だけでなく海外への展開も期待できます。

(デメリット)
・他家移植の場合、自身の細胞に由来しない細胞を移植するため、患者の持つ免疫機能により拒絶反応が生じます。これを抑えるため、移植後一定期間は免疫抑制剤の投与が必要となり、その間、患者の免疫が低下し、疾病に罹患するリスクが上昇します。自家移植の場合は、患者自身の細胞由来であるため、このような問題は大幅に少なくなります。
・他家移植により一度に多くの細胞を製造できる一方で、感染リスクを徹底的に排除するための厳重な試験検査、及び細胞保管のための冗長性のある設備やその管理が必要であり、コスト増の要因となります。



図7 ヒトiPS細胞由来心筋細胞治療の優位性
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(出所:当社作成資料)

b.当社技術の課題と対応
当社が目指しているヒトiPS細胞由来心筋細胞シートによる再生医療・細胞治療についても、実用化に向けてはいくつもの課題がありました。再生医療等製品は、(ⅰ)最終製品として生きた細胞を用いることから滅菌処理ができないため、製造工程における微生物等の不純物混入リスクに係る高度な品質管理方法の確立、(ⅱ)特に無限増殖能を有するiPS細胞を用いることにより生じる癌化リスクへの対応、(ⅲ)患者の自己細胞を用いる場合に生じる細胞採取に伴う侵襲の増加や生産工程の長期化に加え品質の不安定化の課題、(ⅳ)他人から得られたドナー細胞を用いる場合に生じる免疫拒絶の問題、(v)保存・輸送等の制約が課題とされておりました。
現状では、当社のヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、大阪大学、第一三共株式会社との共同研究成果に基づき、上記の再生医療等製品に特有の課題に対して以下の対応を図っております。
上記(ⅰ)の製造工程における品質管理問題については、先進的な局所クリーン技術が活用された細胞培養加工施設における厳密な衛生管理により、現時点において微生物汚染リスクを徹底的に抑制した安定的な生産体制が構築されており、本製品を用いた医師主導治験が順調に推移しております。
上記(ⅱ)の癌化リスクについては、当社独自の未分化iPS細胞の除去精製技術により、未分化のiPS細胞が残存することによる癌化リスクの軽減化を図っております。現在大阪大学で進められている医師主導治験において、本製品を移植した患者に、本製品に由来する腫瘍が確認されたという報告は、なされておりません。
上記(ⅲ)の低侵襲性については、他家のヒトiPS細胞由来であるために患者から原料となる細胞を採取するという外科的処置が不要になること、また、製造工程の長期化については、ヒトiPS細胞由来であるために、予め分化誘導した心筋細胞を凍結保存しておくことが可能で、これら心筋細胞をシート化するだけの数日の製造期間のみが必要となることにより、リードタイムの大幅な短縮化を実現しております。
上記(ⅳ)の免疫拒絶の問題については、他家のヒトiPS細胞を用いるため、本製品を移植した患者は免疫抑制剤の使用が不可避ではあるものの、短期間の投薬のみで効果が期待される治療技術が大阪大学で開発されています。
最後に、(v)の保存・輸送等の制約については、当社が独自に開発した温度管理技術等により、日本国内においては心筋細胞シートを生きたまま安定的に輸送及び保存することを可能といたしました。

c.当社技術の強み
当社技術の最大のメリットは、癌化リスクの徹底的な軽減です。これは、心筋細胞への分化誘導工程において残存する未分化のiPS細胞を、高度にかつ効率的に除去することを可能とした当社独自の精製方法によるものです。一般的にiPS細胞は癌化するリスクがあると言われますが、最大の原因はiPS細胞が獲得した無限増殖能であり、様々な細胞へ分化誘導するプロセスにおいて目的の細胞に分化せず、未分化の状態のまま数多く残存すると、それだけ癌化するリスクが高まります。当社では、大阪大学と第一三共株式会社の技術を融合し、複数の工程で構成し最適化された独自の未分化細胞除去技術により、2020年1月よりスタートしている医師主導治験において、現段階において癌化した事象の報告を確認しておりません。
また、当社のヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、シート化したヒトiPS細胞由来心筋細胞を患者の心臓の表面に貼付するだけで、穿刺等の心臓に直接的なダメージを与え得る侵襲を伴わないことから、不整脈が発生するリスクを最小限化することを可能にしております。さらに、手術自体もバイパス手術等とは異なり開胸手術ではなく、左肋間に7センチ程度の比較的小さな隙間をあけ、その隙間からシートを挿入するという手術であり、通常のバイパス手術が4時間程度要するのに対し50分程度で完了することが可能で、患者への侵襲を限りなく小さくするとともに、執刀医の負担も大幅に軽減されることが期待されます。
最後に、当社技術の大きな特徴としては、シート化した状態のまま長距離輸送が可能であることです。凍結細胞の冷凍輸送ではなく、凍結細胞を解凍・培養してシート化した状態のまま通常の温度で輸送した場合でも、シート内の細胞が一定期間生存しており、例えば大阪府箕面市にある当社の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」から東京の医療機関まで、新幹線等で輸送することが可能です。また、輸送する際にヒトiPS細胞由来心筋細胞シートを保護する役割を持つ輸送液にも独自の技術を有し、常温で2日程度の期間はシートの形状を保ったまま輸送することが可能となっております。これにより、日本国内全域のヒトiPS細胞由来心筋細胞シートを必要とする医療機関に確実に届けることが可能となっております。さらに、冷凍していないシート形状のまま輸送可能であるということは、受け入れ側の医療機関の負担も大幅に低減することが可能となることを意味します。すなわち、冷凍輸送された細胞は、受け入れる医療機関側で、クリーンルームを使用した無菌の状態でシート状に加工を行う必要があり、医療機関側に多大な負担が生じます。当社が作製するヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、冷凍保存されずにシートの形状を保ったまま医療機関に輸送されるため、受け入れる医療機関側では、シートを軽く洗浄する程度で直ぐに移植可能となるという点で、大きな差別化が図れることとなります。

(4) 研究開発パイプライン
① 心疾患について
当社が製品化を目指し、開発を進めているヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、心疾患治療に対するものです。以下において、心疾患に関する説明をいたします。
心疾患は非常に広い概念です。心臓は全身に血液を送り出す役割を担っておりますが、この重要な担い手が心臓の筋肉(心筋)です。
心筋は他の筋肉と同様、伸縮することで全身に血液を送り出しますが、心疾患は何らかの原因で心筋に障害が発生することで心筋の伸縮(心臓のポンプ機能)がうまく働かなくなった状態を指します。
当社は、心疾患の中で二つの重症の病態である「虚血性心疾患/虚血性心筋症(ICM)」及び「拡張型心疾患/拡張型心筋症(DCM)」の新規治療法のために、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの開発・実用化を進めてまいります。

虚血性心疾患(ICM)
虚血性心疾患とは、心臓に栄養を与えている血管(冠動脈)が動脈硬化等によって狭くなり(冠動脈狭窄)、詰まること(閉塞)により、心筋に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなることで起こる心筋梗塞や狭心症など心筋障害の程度が高度な心疾患です。一時的にでも完全に血流が途絶えると、心筋の機能が低下した状態が続くことになり、この状態を「虚血性心疾患」と呼びます。

拡張型心疾患(DCM)
心筋の収縮が弱くなり、心臓が次第に拡張していく病気です。十分な血液が全身に送れなくなると、それを補うために心臓はその容積を大きくして、1回の収縮で送り出す血液の量を増やそうとします。しかし、この状態が長く続くと、心臓の中に血液が滞って心臓はさらに拡大し、心筋は引き伸ばされ薄くなっていきます。これによって心臓にかかる負担はむしろ大きくなっていくという悪循環を招きます。心臓の機能が低下して全身に十分な血液が行き渡らなくなると、脳から心臓に強く働くよう〝指令〟が出る一方、腎臓では尿として排泄される量が減り、その分、体内の水分(体液)の量が増え、心臓にかかる負担はさらに増加します。

前述のとおり、当社のヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの対象患者は、内科的な治療では心疾患による心臓の悪化を防ぐことができず、心臓移植又は補助人工心臓の装着まで悪化していない患者で、NYHA(※11)心機能分類Ⅲ度の後期(Ⅲ度B)及びⅣ度の初期の患者です。心不全患者のうち、NYHA心機能分類でⅠ度の患者の割合は35%、Ⅱ度は35%、Ⅲ度は25%(Ⅲ度Aは15%、Ⅲ度Bは10%)、Ⅳ度は5%存在すると推定されています(Miller LW. (2011). Left Ventricular Assist Devices Are Underutilized. Circulation, 123, 1552–1558.)。公益財団法人日本心臓財団によると、2015年時点で日本での心不全患者数は、全体で130万人であるため、NYHA心機能分類Ⅲ度の患者数が32.5万人、Ⅳ度が6.5万人と推定されます。当社の対象患者に最も近いとされるNYHA心機能分類Ⅲ度Bの患者は心不全患者全体の10%であるため、日本の心不全患者に同割合を乗じると、13万人程度存在すると推計されます。
同様の推定を米国及び全世界において行うと、米国での心不全患者数は600万人であるため、NYHA心機能分類Ⅲ度の患者数が150万人(うち、Ⅲ度Bの患者数は60万人)、Ⅳ度が30万人と推計されます。また、全世界ベースでは心不全患者数が2,600万人であるため、NYHA心機能分類Ⅲ度の患者数650万人(うち、Ⅲ度Bの患者数は260万人)、Ⅳ度が130万人となり、相当数の患者数が存在すると推測されます。(Savarese G, Lund L.H. (2017). Global Public Health Burden of Heart Failure. Card Fail Rev., 3(1), 7–11.)

日本におけるヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの年間ベースでの対象患者数を試算すると、まず、厚生労働省が発表した2020年(2020年)の「患者調査」によると、虚血性心疾患患者は約6.5万人(うち入院患者数が約1.2万人)、さらに陳旧性(慢性的な)心筋梗塞患者が0.9万人おり、合計で約7.4万人程度が年間治療を受けています。入院患者の約1.2万人は、NYHA心機能分類のⅢ度ないしはⅣ度と類推すると、上述のとおり、NYHA心機能分類でのⅢ度とⅣ度の比率は5:1であることから、Ⅲ度が約1万人、Ⅳ度が約0.2万人と推計されます。また、Ⅲ度AとⅢ度Bの比率は1.5:1であることから、日本におけるヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの年間ベースでの対象患者数(Ⅲ度B)は年間で0.4万人と推測されます。
公益社団財団法人日本臓器移植ネットワークによりますと、2024年3月末時点で心臓移植希望登録者は859人となっており、これらを勘案しますと当社製品のターゲット患者は相当数存在すると考えられます。
また、当社が効能追加を目指している拡張型心疾患の患者数については、公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センターが発表した「特定医療費(指定難病)受給者証所持者数」では、2022年度末現在で18,234人存在しているというデータがあります。


以上のデータに基づく日本、米国及び全世界の患者数の推計と当社研究開発領域は図8のとおりです。

図8 日本、米国、世界の患者数と当社研究開発領域
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② 研究開発パイプライン
当社の研究開発パイプラインとその進捗状況は以下のとおりです(図9)。

図9 研究開発パイプライン
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a.PJ1 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心疾患(国内))
当社では、医師主導治験を実施している虚血性心疾患(ICM)を対象としたヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの開発が最も進んでおり、製造販売の承認申請に向けて注力しております。
本開発製品の製造販売の承認申請までの流れを以下に説明します。

当該開発製品については、医師主導治験において、予定していた8症例への移植は全て完了しました。今後は、前半部分(コホートA)の3症例と同様、後半部分(コホートB)の5症例についても、移植実施後約6か月間、患者の経過観察を行います。続いて、その観察結果を取りまとめ、本医師主導治験の実施主体である大阪大学の学内の委員会(効果安全性評価委員会)が、当該開発製品の移植についての有効性や安全性の評価を行います。当該委員会において当該開発製品の有効性や安全性が認められた場合には、当社は厚生労働省に当該開発製品の製造販売の承認申請を行うこととなります。その後、同省及び医薬品医療機器総合機構(PMDA)等の審査を経て、承認されることにより、初めて、当社は当該開発製品の製造販売を行うことができます。

再生医療等製品については、承認制度として2014年に「条件及び期限付承認制度」が創設されています。「条件及び期限付承認制度」とは、治験の対象患者の集積が難しいことや、対象製品の品質の不安定性などの理由で、臨床第Ⅲ相(PⅢ)試験などの検証的臨床試験の実施に長期間を要するような医薬品・医療機器・再生医療等製品について、少数例の治験データに基づき、安全性が確認され、一定の有効性が見込まれる製品を一定条件と期限を付したうえで早期に承認し、販売後有効性を評価することとする制度です(図10)。当社のヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは上記の性質を有するため、条件及び期限付き承認制度を活用することを想定しております。


図10 再生医療等製品の承認制度と当社の治験の状況
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当社が開発を進めているヒトiPS細胞由来心筋細胞シートにおいても、製造販売承認申請後の申請資料に示された内容から、その適応の可否を審査機関(医薬品医療機器総合機構(PMDA))が判断します。なお、条件及び期限付承認を得られた場合、製造販売後の一定期間、使用成績調査や製造販売後臨床試験を計画・実施し、有効性及び安全性を検証する必要があります。そのため、試験・調査に関するデータの収集・管理に係る体制を構築していきます。


次に、PJ1の現時点における進捗状況を以下に説明いたします。

PJ1の臨床試験方法として、大阪大学による医師主導治験を実施しております。これは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの臨床開発においては、高度な医療手技を伴うものであり、豊富な経験・知見を有する医師が「自ら治験を実施する者」となることで、医学的・科学的判断を迅速に行い、治験の質を向上させることにも繋がるためです。他社で実施されている複数の再生医療等製品の臨床開発においても、医師主導治験が実施されています。
本医師主導治験は、予定被験者数を8症例とする試験デザインとなっております。治験計画前半となるコホートA(ヒトに移植されることから慎重に進めるための前半フェーズ)では、計3症例の被験者に対して移植が行われる計画になっており、2020年1月に第1例目の被験者にヒトiPS細胞由来心筋細胞シートを移植し、2020年11月には第3例目の被験者まで移植を完了しています。大阪大学によるコホートAの移植実施報告がなされており(※12)、その後、コホートAの3症例の安全性や有効性の評価を、大阪大学内に設置され独立した評価を実施する効果安全性評価委員会が行っています。
コホートB(コホートAでの安全性及び有効性評価に応じて用量の増加を可能とするフェーズ)は、計5症例の被験者に対して移植が行われる計画になっており、大阪大学医学部附属病院を始め、順天堂大学医学部附属順天堂医院、国立循環器病研究センター、東京女子医科大学病院及び九州大学病院で移植を実施する多施設共同試験です(jRCT登録番号:jRCT2053190081)。本医師主導治験で使用するヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、当社商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」で製造し、治験実施施設へ輸送を行います。
コホートBは、2022年8月、12月に順天堂大学医学部附属順天堂医院において、それぞれ1症例ずつ移植が実施され(※13)、2023年1月には九州大学病院及び大阪大学医学部附属病院、2023年3月には東京女子医科大学病院にて移植が行われ、計画していた計5症例の被験者への移植が完了しました。この結果、本医師主導治験の予定被験者数である8症例への移植が完了しました。
当連結会計年度においては、移植後の26週の有効性評価と52週までの安全性評価や、試験データの統計解析等を行い、製造販売承認申請に向けた業務を進めてまいりました。

上記の移植については、その有効性や安全性を評価している段階にありますが、大阪大学の研究チームがコホートAの3症例を対象に解析結果をまとめた論文を公表しています(※14)。本解析結果は、患者にiPS細胞由来心筋細胞シート移植後、3か月間免疫抑制剤を投与し、1年間の観察期間後、心機能の変化、心臓の血流、心不全の病状及び免疫反応等を調べたものです。移植の対象は、(a)左心室駆出率が35%以下、(b)NYHA(ニューヨーク心臓協会)の心機能分類がⅢ以上であり、既に既存の治療を受けている患者です。
調査結果の概要は、以下のとおりです。

・副作用、病状の悪化等については観察されず、心機能の改善が観察された。
・特に3症例中2症例は、左心室の伸縮性の改善及び心筋への血流改善が観察された。
・免疫反応については、免疫抑制剤投与終了後は、3症例全てで移植細胞に対する抗体値が上昇しており、さらに、心機能の改善が弱かった1症例については、移植前からHLA-DQに対する抗体値(非自己細胞を認識し、免疫を活性化する抗体の一種)が上昇していた。
・今回の研究の結論は、安全性に関しては、問題がなかった。一方、治療効果及び免疫反応との関連性に関しては、引き続き症例数を増やすことが必要である。

図11 3症例のプロフィールとNYHAによる心機能分類の改善

年齢性別身長(cm)体重(kg)心不全の症状
(術前→1年後)
Case151男性167.458.8NYHA class Ⅲ→Ⅰ
Case276男性166.264.0NYHA class Ⅲ→Ⅱ
Case365男性159.767.8NYHA class Ⅲ→Ⅰ

以上が本論文の調査結果でありますが、移植の安全性を確認するコホートAを実施後、効果安全性評価委員会の意見のもと、有効性検証の可能性を確保するために、次のステップであるコホートBでは症例数を5例とし、多施設で検証することとなりました。


ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートについては、上記論文の発表の他に、2023年11月に大阪大学の研究グループがAHA(American Heart Association:米国心臓協会)のサイエンティフィックセッションにおいて、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートのヒトへの初の移植事例である医師主導治験の結果について発表を行いました。
AHAは、1924 年に心臓病専門医によって設立された心臓分野における世界最大規模の医学系学会で、世界中の心血管疾患の権威ある医師によるプレゼンテーションや議論を通じて、最先端の研究や臨床技術に触れることができる循環器領域の世界最高峰の学会として、研究発表への採択が最も難しい学術集会と評されています。このような権威ある当学会でオーラルセッション(口頭発表)に採択され、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの3症例の移植による安全性の確認と今後の可能性をテーマに発表を行いました。
発表の概要は以下のとおりです。

・タイトル:First in Human Clinical Trial of Human Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Cardiac Patches for Ischemic Heart Failure Patients
・セッション:Scientific Sessions
・形式: オーラルセッション(口頭発表)
・発表者: 河村拓史(大阪大学大学院 医学系研究科 心臓血管外科 助教)
・発表内容:iPS 心筋細胞シート3症例の移植による安全性の確認と今後の可能性


[PJ1 事業系統図]
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b.PJ2 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート(対象疾患:拡張型心疾患(国内))
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートについては、PJ1 虚血性心疾患(ICM)の他に、大阪大学は拡張型心疾患(DCM)を効能追加するための研究開発を進めています。拡張型心疾患(DCM)の研究開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の2023年度「再生医療等実用化研究事業」として採択されています(公募課題「拡張型心筋症に対するヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートを用いた臨床試験」)。
拡張型心疾患は、虚血性心疾患と同様に、微小循環を含む心筋組織の虚血による心筋細胞の肥大化や線維化であり、これらが進行することで心機能が低下する状態となるため、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの治療メカニズムから見て効果があるのではないかと考えられ、拡張型心筋症(DCM)の効能追加の研究開発を推進しています。当社は、DCMモデル動物を用いたヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの有効性を基に、大阪大学が進める医師主導治験のプロトコル設計を支援し、PJ1と同様、本医師主導治験で使用するヒトiPS細胞由来心筋細胞シートを大阪大学に提供することについて合意しております。

c.PJ3 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心疾患(海外))
PJ1と同様の適用対象である虚血性心疾患(ICM)を対象としたヒトiPS細胞由来心筋細胞シートを、国内だけでなく販売地域を拡大し、海外でも製造販売承認の取得を計画しております。
当連結会計年度については、経済産業省が米国・シリコンバレーにビジネス拠点を開設し入居企業の募集を行っており、当社は当該募集に応募した結果、入居企業として選定されました。また、現地研究機関と研究開発計画について協議しております。

d.PJ4 カテーテル
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートと比べ、軽度の心疾患に対応するパイプラインとして、カテーテルによる新たな血管内アプローチによりヒトiPS細胞由来細胞を心臓へ移植する治療技術の開発を、朝日インテック株式会社との共同開発(※15)により進めております。同社が有するカテーテル製品開発技術と当社のヒトiPS 細胞由来細胞の開発を組み合わせることにより、新しい治療技術を創出します。
本製品は、循環器内科医が急性心筋梗塞(AMI)(※16)・慢性完全閉塞性病変(CTO)(※17)等の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)(※18)と併用することによって、開胸等の新たな侵襲を患者に加えることなく、心機能の回復を高める治療技術を目指しております。
日本におけるカテーテル治療の市場規模は年間30万件を超えており(出所:日本循環器学会)、循環器内科における心疾患の治療法として位置付けられています(図12)。

図12 日本におけるカテーテル治療
(単位:件)
2017年2018年2019年2020年2021年2022年2023年
緊急PCI74,16976,80778,42079,47276,07576,66577,949
待機的PCI199,347201,478192,670187,960171,916172,789165,567
AMI患者へのPCI53,10854,08556,71356,66655,99555,52556,856
補助LVAD340260250342329315327
合計326,964332,630328,053324,440304,315305,294300,699
(出所:日本循環器学会「循環器疾患診療実態調査 報告書」をもとに当社作成)

朝日インテック株式会社との共同研究開発では、カテーテル及び投与する細胞の研究開発が順調に進捗し大動物への実験を行っております。また、今後も両社間でより緊密に研究開発を行うこと、日本及び米国における事業化の検討を推進すること、さらには心臓以外の他臓器治療への応用を議論すること等について、朝日インテック株式会社と合意に至っております。
また、動物モデル試験の結果を元に医薬品医療機器総合機構(PMDA)との事前相談の実施、臨床試験のプロトコル設計等を予定しております。

e.PJ5 体内再生因子誘導剤
オキシム誘導体(YS-1301)を低用量使用することにより、組織の再生を促進する各種体内再生因子(肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、ストローマ由来因子(SDF-1)(※19)、骨髄細胞動員因子(HMGB1)等)が誘導される薬理作用に基づき、細胞保護、抗線維化、抗炎症作用による血管新生、組織再生が期待されます。具体的には、肝硬変・非アルコール性脂肪肝炎(NASH)(※20)、閉塞性動脈硬化症(ASO)(※21)、慢性腎不全(CKD)(※22)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)(※23)等への治療薬としての開発を目指します。オキシム誘導体をごく低用量使用する治療薬とすることから、安全性の担保がなされているのも特徴となります。また、当該案件は、開発済の化合物を活用するドラッグリポジショニング(※24)であり、効率的な開発、製品化を目指すものです。
当連結会計年度においては、製造の工業化へ向けた合成法の開発にめどが立ち、大阪大学との探索研究を進めている他、2023年10月に、国立大学法人新潟大学との間で肝硬変・非アルコール性脂肪肝炎(NASH)等の肝疾患モデル動物を対象に体内再生因子誘導剤を投与し、炎症や線維化の抑制、肝機能改善等の効果を確認することを目的とした共同研究契約を締結しております。

以上が、当社が有する研究開発パイプラインとなります。

当社は、日本で発明されたiPS細胞による世界初のヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた最先端の再生医療技術の研究開発及び実用化の実績と経験に裏付けされた高い技術力により、iPS細胞による次世代の再生医療技術はもとより、アカデミアによる有望なシーズの実用化支援、様々な周辺技術を開発する企業等との共同研究開発アライアンス、受託開発及び受託製造を通じて、国内外の再生医療分野の迅速かつ健全な普及発展に寄与するべく、当社のリソースを最大限に活用した積極的な事業展開を進めてまいります。現在、医師主導治験が進んでいるヒトiPS細胞由来心筋細胞シートによる重度の心疾患の治療から、臨床試験に向けて準備を進めているカテーテルを活用した新しい治療技術による軽度の心疾患の治療に至るまで、特定の疾患領域に限定せず、心臓における幅広い領域の治療に対応すべく、当社が有する再生医療技術の実用化に向けた研究開発を進めているところです。

(5) CDMO事業
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの研究開発・事業化を通じて培った大量培養技術・ノウハウ及び独自の設計コンセプト(特許出願中)に基づき、効率的かつ実効的な最先端の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を活用し、様々な細胞製品のCDMO事業にも取り組んでおります。CLiC-1は、上記の独自設計コンセプトに加え、製造プロセス開発や非臨床細胞製造が可能なラボを併設しており、これらの施設や技術ノウハウを最大限に活用した製造プロセス開発から非臨床、臨床試験、商用製造までをワンストップで進めることを可能としております。これにより、各段階で多大な労力と時間及びコストが強いられる技術移管等を大幅に効率化することに成功し、再生医療技術の開発や安全で安定した治療用細胞の製造及び提供に寄与するため、再生医療等安全性確保法に基づく「特定細胞加工物製造許可」(施設番号:FA5210001)を2021年9月に取得し、活発な事業活動を展開しております。大企業が有する大規模な細胞培養加工施設では対象としない、少量製造も対応するのが当社サービスの強みでもあります。小回りの利いたきめの細かいサービスを提供することで、バイオベンチャーからの引き合いも増加しているところです。

(6) 培養上清事業
2023年12月に連結子会社としてクオリプスヘルスケアサイエンス株式会社を設立し、細胞培養上清液を有効活用するための事業を立ち上げました。
ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの作製時には、iPS細胞の大量培養及び分化誘導の工程で培養液を使用します。その細胞培養後の培養液には、セクレトームと呼ばれる様々な成長因子(サイトカイン等)や細胞外小胞(エクソソーム等)を含んでおり、培養液中のセクレトームの純度を上げたうえで有効活用することを検討しております。セクレトームの期待される効果は、しみ・しわ・美白等の肌環境の改善、発毛・育毛、体内免疫の活性化、創傷治癒、組織再生等が考えられます。
近年、セクレトームを利用した治療が世界的に広がっており、日本においても多くのクリニック等で自由診療により利用されています。一方で、再生医療等安全性確保法の規制対象となっておらず、一部で感染症リスク等が危惧されています。
この点、当社の細胞培養加工施設(CLiC-1)は、再生医療等安全性確保法第35条第1項に基づく「特定細胞加工物製造許可」(施設番号:FA5210001)を取得しており、局所クリーン技術が活用された厳密な衛生管理により微生物汚染リスクを徹底的に抑制した安定的な生産体制が構築されております。また、CLiC-1で製造されたヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、大阪大学が実施している医師主導治験を通じて、既にヒトに投与されていますが、現時点で安全性に対する懸念点は識別されておらず、同様の環境下及び検査体制下で精製されるセクレトームも、高い安全性を確保できるものと考えております。

(7) 今後の展開
当社グループにとって最初のプロジェクト製品となる「PJ1 ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心疾患(国内)))の製造販売承認申請と、製造販売に必要となる体制の整備を優先に取り組んでまいります。具体的には、当社の再生医療等製品製造販売業の許可申請に向けた準備、及びヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの商用製造に向けた製造販売体制の準備といった製造体制に係るものと、製造した製品を医療機関に販売し流通させる販売人員等の確保及び販売開始後の有効性と安全性の調査を実施するための体制の整備といった販売流通体制に係るものとがあります。ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートについては、当社自身での販売及びプロモーション活動を行い、販売先を確保する方針であり、営業・販売活動の人員を含む必要なリソースの確保を行っています。また、共同研究開発先である第一三共株式会社が本製品の日本国内での販売権のオプション(オプション期間:2025年3月19日まで、またオプション行使があった場合でも当社の販売活動は可能。)を有しています。これらの事項を踏まえて、当社は販売先の拡大とそれを支える製造販売体制の充実に努めます。
さらに、これまでに得られた高度な技術及び知見を蓄積した人材、並びに先進的な設備等のリソースを最大限活用した様々な事業展開が考えられます。例えば、ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの拡張型心疾患(DCM)への適用拡大に加えて、海外展開においては、日本での治験等の結果をベースに欧米の製薬企業等へライセンスを供与する、又は米国での治験を行い、さらに付加価値を高めてからジョイントベンチャーを設立し、欧米企業との提携若しくは出資関係の構築、又はライセンス供与を行うこと、心臓以外の他臓器への再生医療事業への展開、より低侵襲性の心不全への治療製品の開発等、様々な方策を検討しております。開発が先行しているヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、文字どおり心筋に作用し、血管新生因子等を出すことで心疾患の治療に資するものとして開発を進めているところです。心筋細胞シートにより産出される血管新生因子は周辺の細胞にも作用するパラクライン効果が推定されておりますが、これは心筋細胞だけではなく、その他の細胞にも同様の作用があるものと考えております。将来的には、当社が有する心筋細胞シートの技術を心臓だけではなく、肝臓やその他の臓器にも応用することで、様々な部位の疾患に対する治療製品の開発を展開していきたいと考えております。
当社グループはバイオベンチャーとして、複数のパイプラインを抱えており、既に、探索研究、非臨床研究も推進しております。こうしたパイプラインについても、今後、大手製薬企業との研究開発アライアンスにより、マイルストーン契約的な事業モデルを採択する可能性もあります。
当社グループはバイオベンチャーとして、複数のパイプラインを抱えており、既に、探索研究、非臨床研究も推進しております。こうしたパイプラインについても、今後、大手製薬企業との研究開発アライアンスにより、マイルストーン型の契約により収入を得る事業モデルを採択する可能性もあります。
当社グループが、ヒトiPS細胞由来の再生医療等製品の開発・商業化を進めていくためには、財政基盤を盤石にしていくことが不可欠です。外部からの資金調達や資金提供だけでなく、CDMO事業や培養上清事業を成長させることにより獲得する収益は、当社グループの財政基盤の強化にも資するものとなります。
当該事業の更なる強化のために、提供するサービスの品質向上に加え、営業・マーケティングの強化等、収益力の強化を図る取り組みを進めてまいります。

[全体事業系統図]
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当社グループは、従来の研究開発を中心としたバイオベンチャー企業とは異なり、商業用細胞培養加工施設と技術を活用し、アカデミア、製薬企業、医療機器メーカー等をつなぎ合わせ、探索研究から商用生産までワンストップで提供すること、及び難治性疾患に対するものを含む次世代の治療モダリティや関連するソリューションを創造し提供することを目指しております。
また、再生医療等製品の開発・商業化だけではなく、研究開発ラボと商業用細胞培養加工施設を一体化したCLiC-1を活用し、アカデミアによる有望なシーズの実用化支援、様々な周辺技術を開発する企業等との共同研究開発アライアンスを推進し、CDMO事業等を通じて再生医療分野の迅速かつ健全な普及発展に寄与すると共に、適切な衛生管理の下で精製される培養上清の販売を通じて、他のパイプラインとは異なる市場へのアプローチを実現し、リソースを最大限に活用した積極的な事業展開を進めてまいります。


(7) 用語解説等
※1分化誘導幹細胞を異なる細胞種に変化させること。
※2骨格筋芽細胞骨格筋内に存在する未分化性の細胞であり、発生期や再生期に増殖して筋細胞に分化する細胞。
※3治療モダリティ治療技術や手段の意味。モダリティは「様式」といった意味があるが、医療分野では、技術の方法や手段の分類を指す。
※4医師主導治験製薬企業が主体的に行う企業治験に対して、医師が自ら治験を行うこと。2003年の薬事法改正により、医師主導治験が可能となっている。医師主導治験においても、企業が治験薬や資金等を提供するなどの支援は可能であるが、治験準備から試験の実施、試験結果の結論付けなどは治験責任医師が実施することであり、治験の根本に係るプロセスに企業は関与しないことが原則である。したがって、治験を実施した医師等が報告・公表するまで、企業は試験の実施状況や結果などの情報を得ることは困難である。
※5局所制御技術開口部に扉を設けないことで、開口部からブース外へ一方向の気流を形成させ、再生医療等製品の製造を行うエリアを高い清浄度に保つ技術。ダイダン株式会社が開発したクリーンブースに当該技術が導入されている。
※6サイトカインさまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質。
※7レシピエント心筋レシピエントとは、臓器移植等における臓器の受容側を指す。この場合、動物実験におけるヒトiPS細胞由来心筋細胞を受け入れた動物の心筋。
※8他家細胞患者以外の別の方の細胞。他家細胞に対し、患者自身の細胞は自家細胞という。
※9補助人工心臓装置(VAD)様々な原因により急性あるいは慢性の経過から重度の心不全状態(急性心原性ショックを含む)に陥ってしまった心臓の代わりとして、血液循環を補助するポンプ機能を補う医療機器。VADは、Ventricular Assist deviceの略。
※10侵襲医学的には、生体の恒常性を乱す事象のこと。怪我、病気に加え、手術、投薬等の医療行為による影響を意味する。
※11NYHAニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)の略称。
NYHA心機能分類は、NYHAが心機能を重症度に応じて、以下の四つに分類したもの。
I度:心疾患を有するが、そのために身体活動が制限されることのない患者
Ⅱ度:心疾患を有し、安静時には無症状であるが、通常の活動で疲労、動悸、呼吸困難、狭心症になる患者
Ⅲ度:心疾患を有し、身体活動が高度に制限される患者、即ち、通常以下の活動で疲労、動悸、呼吸困難、狭心症になる患者
Ⅳ度:非常に軽度な活動乃至安静時でも心不全乃至狭心症を起こす患者
※12大阪大学における報告2020年12月25日付の同大学発表ニュースリリース
https://www.med.osaka-u.ac.jp/archives/24240
※13順天堂医院における移植事例2022年9月12日付の順天堂大学発表ニュースリリース
https://www.juntendo.ac.jp/news/00616.html
※14「コホートA」論文https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcvm.2023.1182209/full
※15朝日インテック株式会社との共同開発2022年4月12日付の同社発表ニュースリリース
http://www.asahi-intecc.co.jp/r/2977/
※16急性心筋梗塞(AMI)心臓の血管が詰まり血流が止まることで、心筋に酸素と栄養が十分に供給されないことで心筋が壊死した状態となる病気。体内に酸素等が十分に供給されなくなることで、致死的な状態となる可能性がある。AMIはAcute myocardial infarctionの略。
※17慢性完全閉塞性病変(CTO)心臓の冠動脈が3か月以上にわたり完全に閉塞し、血流が止まっている状態。CTOはChronic Total Occlusionの略。
※18経皮的冠動脈インターベンション(PCI)虚血性心疾患に対して、冠動脈内腔の狭窄部分にカテーテルを使用して拡張する治療法。PCIはPercutaneous Coronary Interventionの略。
※19ストローマ由来因子(SDF-1)ストローマ(Stromal Cell)とは、臓器の結合組織の細胞であるストローマ細胞を指す。ストローマ細胞から派生する因子の意。SDFはStromal Cell-Derived Factorの略。
※20肝硬変・非アルコール性脂肪肝炎 (NASH)非アルコール性脂肪性疾患の一部。脂肪変性、炎症、肝細胞障害等を伴う。病状が進行した場合、肝硬変や肝臓がんにもつながる。NASHはNonalcoholic Steatohepatitisの略。
※21閉塞性動脈硬化症(ASO)手足の血管動脈の硬化が進行し、狭窄や閉塞が発生することにより、血流が悪化する病気。手足に酸素、栄養分の供給が不足することとなり、冷感、しびれ感、間歇性跛行(歩行中の足の痛み)、疼痛、潰瘍、壊疽等の症状が発生し、症状が進行した場合には、手足の切断に至る場合もある。ASOはArterio-Sclerosis Obliteransの略。
※22慢性腎不全(CKD)腎臓の機能が低下し、老廃物を十分に排泄できなくなった状態。病状が進行した場合、定期的な透析や腎臓移植が必要となる。CKDはChronic Kidney Diseaseの略。
※23慢性閉塞性肺疾患(COPD)タバコ等の有害物質を長期吸引することで発症する病気。以下のような症状を伴う。① 気管支に炎症がおき咳や痰が出る、気管支が細くなることによって空気の流れが低下する。② 気管支の奥にあるぶどうの房状の肺胞が破壊され、酸素の取り込みやCO2の排出する機能が低下する。COPDはChronic Obstructive Pulmonary Diseaseの略。
※24ドラッグリポジショニング既存薬再開発とも言う。開発済の薬や化合物を、別の疾患治療用に開発を行うもの。ゼロから開始する新薬開発に比べ、安全性や危険性が明らかになっていること、開発にかかる費用の削減や時間の短縮が可能となること等の利点があげられる開発手段。

沿革関係会社の状況


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